2014年6月21日土曜日

映画ゴジラ

映画「ゴジラ」の封切りは、すでに一ヶ月まえのことだろうか。今度の出来栄えはいささか評判だ。事実これだけ時間が経っても、いまだ映画館で上映され、平日を選んで入ったら、思った以上の観客が集まっていた。

20140621ハリウッド映画の分類で言えば、いわゆる災難映画というかなり大きなジャンルに数えられる。ただしここで、ゴジラは悪として退治されるのではなく、不死身のヒーロに作り上げられ、温かい拍手を集めた。対して、人間の世界で起こされた災難の数々は、きちんとハイライトになっている。それもとことん破壊されたにもかかわらず、どこか無機質で、まったく痛みを感じることができない。一方では、現代の映画らしく、悪にはそれなりに理由を与え、象徴的な意味合いを持たせている。この映画の場合、それは原発であり、汚染進入禁止地域であり、おまけには巨大な悪の生き物は原発廃棄物を主食にするという破天荒の着想まで持ってきてた。災難そのものの具現としては、津波もあれば、不気味な戦闘機墜落もあり、ビル直撃の飛行機に至ったら、同じ角度をもってなにげなくあの911まで再現してしまった。ただ地震だけどこか迫力が欠けていて、妙なものだった。

映画の売りの一つは、オリジナルゴジラの再現である。個人的にはあまり知識を持っていないが、それでも漠然と記憶しているゴジラその通りのイメージだったことに感心した。ハリウッドであれば、いわゆるアジアの市場を意識する云々が議論されるが、ゴジラの場合に限っていえば、そこには名作シリーズへの隠れもない敬意を感じさせてくれている。

2014年6月14日土曜日

卒業式

カナダの大学には、入学式というものはなく、その代わり卒業式はきちんと行われている。一ヶ月以上の旅から戻ってきて、さっそくそのような式に出てきた。しかも教える者として卒業生に向き合う席というこれまでの数回の経験と違って、こんどは真横の父兄の席に座った。横に広がる眺めは、清々しくて素晴らしい。

考えてみれば、大学の卒業式ほど大事な門出の儀式がない。大学を離れた若者は、言葉とおりに成人となり、一人前の社会人となる。それを祝う儀式の、きちんとやるということは、有名人に顔を出してもらうとか、ひいてはなんらかのパフォーマンスを見せるとかといったようなものではなくて、最小限の祝辞に続いて、とにかくすべての卒業生の名前を一人ひとり読み上げ、壇上に上がってもらって、大学の代表者と握手を交わすものだった。単純な儀式だが、計算してみれば途方もなく時間のかかるものだった。事実、勤務校の学生数は3万人を超え、年間8千人の卒業生を育て上げ、かれらのために用意した卒業式は、一日二回の日程で、一週間も続くものなのだ。実際に参列したのも、学生の名前を読み上げる役目は、四人に分かれて担当させたものだった。晴れの舞台を横切り、背筋を伸ばして学長と握手する若者たちが見せた華やかな笑顔は、なんとも羨ましくて最高だった。

そう言えば、不意に自分のことを振り返り、まったく環境が整わなかった時代に育ったことの現われそのものにほかならないが、入学式も卒業式も、どれ一つ経験していない。その時その時、つぎのステップを目指して突っ走ってきたものだが、節目の儀式への感覚は、理屈上の理解に頼らなければならなかったことは、残念なものだ。20140614

2014年6月8日日曜日

胎内写真

ラジオからは「入梅」という言葉が聞こえた。数日の異常気象の天気が過ぎ、ようやく梅雨に入った。降りしきる雨の中、東京を離れ、今度の仕事滞在は無事に終えた。ただ新幹線に乗り入れる直前まで一つの学術講演会に出て、丁寧に企画された二つの講演を会場にいる500人以上の聴衆とともに聞き入った。

講演会司会者の言葉を借りれば、二つの講演はまさに硬軟を代表するものだった。とりわけ二番目のは、純粋に一つのプロジェクトのみをめぐる報告で、予備知識などを持たないままではとっつきにくいものだった。取り扱ったのは、江戸末期の、死去した実在の皇女たちのために作成された坐像だった。木像の規模も出来栄えも、とても時代の達成を代表するものではなく、しかも尼寺に秘蔵されて、普通の信者に訴えるものじゃないから、自然に関心も少ない。しかしながら、講演者はたくさんの写真を見せてくれた。普段まったく見られない風景を目にして、とても新鮮に感じた。調査では、木像の頭を取り除き、胴体にカメラを差し入れる。カメラは特製のもので、わずかな空洞になっている胴体の中を綺麗に写して、内側に記された文字を写真に収めた。修復では、木像を持ち出して数年を掛けて作業をして、小さな坐像を細かく独立のパーツに完全に解体してしまう。その過程で、前回の修復で絵の具の下地に使われた新聞紙を丁寧に解読し、それをもって前回の修復年次の判断の根拠とした。しかもそのような修復はこれまで二百年程度の間に数回も繰り返されことをあらためて知った。

主催機関の長い伝統により、公開講演会の様子はインターネットで実況放送され、かつ録画のビデオはそのまま公開される。あくまでも開かれた学術報告であり、関心を寄せる人々を地道に増やす努力は素晴らしい。

世界の中の日本研究−京都から語る−

2014年5月31日土曜日

日光の鶴

特別に行事のない日を狙ってまた出かけた。今度はちょっぴり遠くへ足を伸ばして、ずっと訪ねる機会がなかった日光東照宮に入った。写真などで十分に見て、大体の様子もなんとなく想像が付いてはいるが、それでもあの金粉をいたるところに用いた装飾のあり方に少なからずに驚かされた。しかも多くの建物の色は他所ではあまり見かけない黒や白などを用いたこともあって、いっそう特異な感じを覚えた。

20140530東照宮には、鶴が多い。壁画、彫刻、銅像など、どれだけの数のものがあったのだろうか。じっさいに家康のお墓の前に立っているのも鶴だった。そんな中、陽明門を潜ったら、桐油蒔絵の鶴が特別に紹介されていることに気づき、まわりに貼り付けられた新聞記事などと合わせてしみじみに見入った。たしかに綺麗な絵であり、ユニークな構図である。絵師は狩野祐清、蒔絵師の名前は不明、とされている。興味深いことに、この蒔絵が二百年も前から貴重なものだとされ、これを保護するという目的で寛政のころ浮き彫りの彫刻をもって覆い被ったとのことだった。先祖から伝わる絵を大切にしようとする気持ちはありがたいが、それにしてもこの保護の方法は思い切ったところがあった。人目に触れさせないということは、考えてみれば究極な方法だと言わなければならない。

そのような先人の意図の割には、目の前の展示はいかにも素っ気なくて、なげやり的な思いさえ起こさせてしまう。絵自体は厚手のビニールシートに覆っただけで、しかも切り貼りされた新聞記事以外は、説明のパネルさえ用意されていない。当の陽明門はいまは大修理のまっただ中だ。門全体は白いテントに姿を隠されていて、しかもこれがすでに一年も経ち、さらにこの先五年も続くとのことだ。その中で顔を出しているこの蒔絵は、残念がる見物客へのせめての慰めなのだろうか。