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2022年8月27日土曜日

音声書籍

Googleメールボックスで広告のフォルダに自動的に振り分けられたメールのタイトルを眺めたら、Audibleからの一か月無料体験の誘いがあった。音楽ではなく、時事や朗読などをBGMのつもりで聞いている身としては、これを良いことにサービス利用を再開した。

個人アカウントに入ったら、これを一年ほど利用してから、二年前ほどに停止を選んだ。時間がずいぶん経ったのに、アマゾンへのアクセスのパスワードは変わらず、サイトに保存された個人情報も、支払い方法も、そして利用期間中に購入したタイトルもすべてそのままなのだ。一方では、あのころコインで決まったタイトル数だけ利用するというシステムが廃止され、代わりに会員となる期間中には聞き放題、会員を止めたらタイトルへのアクセスは無効、言い換えれば会員の料金はあくまでもコンテンツの利用であり、個人所有はタイトルの個別購入に限るという、分かりやすいと言えば分かりやすい方針に転換された。

サイトの宣伝によれば、12万以上のタイトルが収録されているとされる。しかしながら、よく眺めてみると、時の流れと連動するタイトルはいまでもかなり限られている。フィクションの分類の、ほとんど最初のページから昔の名作、いわゆる著作権が切れた作品が登場してしまう。いまを時めく作品の音声化は、まだ理解されていないんだと感じさせる。二年前に利用を停止した理由も、たしかにここにあったのだと思い出された。

2022年8月6日土曜日

故人を偲ぶ

朝起きて、北京大学厳紹璗先生の訃報が目に飛び込んできた。日付は6日、時差の関係で同じ日にニュースが地球を駆け回り、伝わったという結果になる。さっそく古い写真を一枚選び、SNSに貼り付けた

写真が撮られたのは、1985年1月、ちょうど修士論文を書くために苦闘していた時期だった。あのころ、テーマをどう選び、アプローチを如何にするかで、真剣に苦労していた。まさに学問の仕方をその基礎から学ぼうとしていた。その中で出会った厳先生は、まさに颯爽として古典の中を自由自在に往来していた。時代、ジャンルなどの拘りなどをまったく気にせず、とにかく中国との関連という一点で斬新な成果をつぎつぎと世に送り出した。まるで眩いような存在だった。同じ京都に、古典に志す中国人の先輩がいる、しかも研究をものにしているということだけで、なぜか大きく励まされた思いだった。

書誌学、比較文学の大家として、厳先生の中国や日本での華やかな業績などは、枚挙に暇ない。一方では、いまから思えば、研究などでじっさいに交わることはなく、研究会などに同席することすら一度もなかったようだ。ただ、共通の親しい友人が多く、おかげで懇親会などのような場で時間を共にすることは妙に多かった。もともと日本や中国に滞在する機会の少ないことにあわせて考えれば、不思議なぐらいだった。いうまでもなく、そこから習った多くのことは、貴重で忘れがたい。

厳先生のご冥福をお祈りする。

2022年7月9日土曜日

川沿いのギャラリー

さほど遠くない山の中には、観光地バンフがある。距離は120キロ、運転して一時間ちょっとだ。温泉まであって、息抜きのお出かけには持ってこいの行先だ。先日、ふらっと立ち寄ったら、川沿いの散歩路はいつの間にか野外ギャラリーと変わった。

並べられた作品は、三、四十点だろうか。歩きながらそれらを眺め、カメラを向けた。地元の人々の粋なおもてなしなのだ。作品の規模はさまざま、材料も木、ガラス、鉄とあり、ただ単に木の板に素朴な絵を描いたものも少なくなかった。全体的には手作り感十分、どちらかと言えば学生の習作といった感じだった。文字の説明を読んでみても、凝ったタイトルが付けられるわけでもなく、作者の名前や作品の意図を伝えるような統一したスタイルさえない。代わりに、自然を愛でるような有名人のフレーズだけをプリントして木々の間に多数置いた。いかにもカナダらしい、肩を凝らない自由自在で、表現を楽しむような展示なのだ。

インスタに数枚の写真を載せた。興味あればどうぞあわせて眺めてください。

2022年5月28日土曜日

他大学の蔵書利用

とても読みたい図書六冊、まとめて手元に届いた。勤務校の図書館が提供しているサービスを利用して叶えたものだ。いわゆる「インターライブラリローン」、「図書館同士貸し出し」ぐらいの呼び名だが、大学間図書相互利用というもので、日本の大学や研究機関もかなり広く用いられているシステムである。

今度の依頼は、かなり素早く完成された。日本関連の図書を多くもつトロント大学図書館の蔵書システムで調べて、所定フォームに、図書の具体的な情報を記入する代わりにその所蔵のリンクのみを貼り付ければ依頼の手続きが完了した。あとは到着を待つのみである。依頼をしたのは今月の8日だった。担当者はそのリンクを頼りに図書の情報を特定し、利用する図書館をしかるべき基準で選定する。図書が大学図書館に到着したとの連絡を受けたのは24日、受け取って、付随の書類を読めば、来月の21日までに返却とのことが記されている。貸し出しの手続きが行われたのはきっと今月の21日で、一か月利用できるという決まりになっているらしい。

図書の所蔵を確認すると、トロント大学だった。30数年まえ、一年ほど滞在した。あのころ、図書館はずいぶんと使っていた。その後も度々訪れ、機会あると、時間を噛みしめるように本棚の間を歩きまわった。あんなに気軽に利用することはとてもできないでいるが、それでもこのようにアクセスできて、なんとも嬉しい。

2022年1月1日土曜日

謹賀新年2022!

明けましておめでとうございます。

年賀状の文字は『先哲像傳』より、絵は「毛益/孤虎図」より取り出し、組み合わせた。画像処理の詳細は、note(「画像処理メモ・文字」、「虎が踊り出る」)に記した。

2021年12月4日土曜日

The Bus Stop

先週日曜日、ずいぶん久しぶりに劇場に入った。大学の演劇学科の学生たちによる小劇場で、キャンパスにある三つの劇場の中の一番小さい場所だった。すでに二か月以上も上演が続き、ほぼ終わりに近づていた。

演目は、ノーベル作家高行健の代表作「バス停」。発表は1983年だったから、学生時代にはたしかにどこかの雑誌で一度読んだはずだ。いまになったら、設定やテーマなどに朧げな印象があるだけで、詳細やハイライトなどはなにも覚えていない。ほとんど初対面の作のつもりで席に座り、一時間半の時間をしっかりと楽しめた。舞台に上がったのは、セリフを一言も発しない三人を含めて十一名、ここはカナダだからもちろん全編英語。ただし監督は非常に若い中国人の若者で、すべてのセリフに中国語の字幕が添えられた。劇場から出て原作を探し出して確認したら、けっこう忠実だった。わずかに登場の「学生」が習ったのが英語から中国語に変わり、雨と雹が降ったとある設定が観客の意表をついた本物の雨と雪となったぐらいだった。あとは、タバコの銘柄や将棋などの中国カラーを過剰に避けることなく、無国籍でいて妙に清々しい舞台に仕上げられた。

思えば、映画館、美術館、劇場などのない暮らしは二年以上も続いた。そんな中、ワクチン証明の提示を真剣に要求され、入場人数にも制限を掛けられていたが、あとは役者も観客も特別な反応を見せることなく、静かに昔の日常に戻ろうと言葉に出さずに努めたと見受けられた。

2021年6月5日土曜日

スローモーション撮影

ゆっくり時間が流れるなか、目の前に鳥が止まり、また飛び去っていく。その動きは、スロー動画で撮るには最適の対象だ。思わずカメラを向けた。

カメラとは、スマホのカメラなのだ。まさに「向ける」とは最適の言葉になる。それは、自分の姿勢を正しての「構える」でもなければ、普段は携帯しないでこの時とばかりに「持ち出す」でもなく、面倒な道具である三脚を用いた「据え付ける」とはさらに程遠い。ただのスマホ。撮影モードを「その他>スロー」と一回ほど余分にクリックすることがただ一つの苦労だ。あとはとにかくカメラを向けるだけ。撮影する構図さえさほど考える必要はない。撮った動画をいくらでも編集できる。それもおなじスマホに入っているアプリでささっと手軽にこなせる。手もとで使っているのは、「YouCut」。よく使う機能は、目指す部分の切り取り、画面の一部を取り出すカット、たまには音楽を加えるぐらいで、色の調整や多数のフィルターなどの機能はいまだまったく試していない。アプリは広告を見ることで無料なのだ。

いくつかのスロー動画は、SNSにアップしている。二日まえにあげたのは、水辺の二羽の鳥。人間の目では捉えきれない動きが目の前に展開されている。いわばスマホのおかげで視野が一遍に広がった。

2021年5月29日土曜日

カナダグース

暖かくて長閑な午後。近所の水辺を歩いたら、子連れのカナダグースに出会った。さっそくスマホを持ち出してカメラを向け、ゆっくりと接近しながら動画を撮った。家に戻って確認してみたら、その場では気づかなかった親グースの愛らしい動きが収まり、自分ながらも意外に思った。

さっそくインスタとWeChatにこれを載せた。グースの行動の意味は分からなかった。自分なりに推測すれば、あるいはこちらの動きを見つめるものではないかと思った。人間でも、ときには目の位置を調整しながら目標を確かめることがあるからだ。ところで、この推測へのコメントは楽しかった。虫を食べているのではないか、子鳥に声をかけるのではないか、加えて「曲頸向天歌」との名詩を引き合いにして唄っているとの見解まであった。しかしながら、正答はさっそく現われた。頸を上下するこの動きは、グースが攻撃する前触れであり、敵対するものへの脅かしのしぐさなのだ。思えばそっと歩いて近づいたのはよかった。急いで接近したら思わぬアタックに遭ったかもしれない。あれだけの体や、遠く飛ぶ習性からすれば、甘く見ては思わぬ痛手に遭うことだろう。

鳥たちの歌やダンス、あくまでも人間主体の観察や思い込みにすぎない。この簡単で素朴なこれを改めて知らされるひと時だった。

2021年4月24日土曜日

雪の春

今年の天気は、なんとなく面白い。ここ一週間だけ見ても、昼は19度に気温が上がっても、翌日目を醒ましたら、あたり一面の雪。しかも数回繰り返した。日記代わりにインスタにあげた写真のコメントに、今年最後の雪だと何回も書いたと振り返り、苦笑いをするほかはない。

四季おりおりの変化、その季節らしい自然の風景、古くからの日本の自慢なのだ。(「四季に向う」)生れ育った中国も、広大な国土で人びとの体験がかなり違うはずだが、やはり農業国家であり、季節の移り変わりへの認識や、それに対する心構えには悠遠なものがあった。それらに対して、いま生活するこの土地は、海抜と言えば千百メートル、気候を代表するものと言えば冬の暖気流である「シヌーク」、確かに毎年のように草が緑に染まり、木々が葉っぱを出し、果物が実を結ぶのだが、日本や中国でいう四季とはかなり味わいが違うなのだ。

このように思いを巡らしていても、窓の外を見つめれば、雪がひらひらと漂っている。ただ、極寒の冬や雪の春、これらを持ち出したら、厳しい土地だと言われるがちだが、実際暮らしてみると、資源も技術も恵まれた現代社会において、対応がしっかりしていて、厳しさに晒される必然性がない分、感覚もかなり異なる。零下20度の中軽装で駐車場へ無心に走る自分、零下10度ななったら半そでで外を颯爽と散歩する若者、自然との接し方は、それまたこうでなければ得られない喜びや感動がある。

2021年4月3日土曜日

音声入力

すでに四、五年も前のことになるだろうか、友人の一人は音声によるテキスト入力のことを熱心に説明し、それを実際に使いこなして驚異的に多数の成果を発表した。それに習い、数回試してはみたが、いずれも途中で挫折した。そこへ、ここ数日何気なくそれを再開し、改めて気づいたことがいくつかあった。

音声にはすぐに頼れなかったのは、やはり文章をゼロから書き上げるところにあった。たとえ小さな文章でも、表現の内容や切り口などを思い巡らし、考えを並べ直すという作業は、声としてそのまま口から出すことには、それなりのコツが要る感じで、馴染めなかった。だが、ここ数日、時間を割いて取り組んだプロジェクトの一つには翻訳があった。翻訳となると、言葉の吟味のみで、いわば内容にまで立ち入る必要がさほどなくて、音声ではかえって楽だった。夢中に言葉を探し求めている間、じっと声の空白を残していても、入力システムは根気よく待ってくれる。そして何よりも小気味よいほどの正確な変換結果だ。感心せざるを得ない。声で作った文章には、編集の手入れがより多く必要とするが、それが仕事の流れを見直す良い機会にまでなった。

おかげで机の一角には存在感のあるマイクが加わった。文章を組み立てるプロセスにおいて目を使わず、指を休めることができて、妙な経験だ。音楽を流しながら読んだり書いたりする習慣がない分、静かな仕事台の周りに声というものが新たに現われ、新しいメディアが仲間入りしたという感じだった。これも一つの進化だと捉えてよかろう。

2021年1月2日土曜日

辛丑歳賀正

謹賀新年。

新しい一年を迎えた。毎年、近況をまとめて電子の年賀カードを作り、友人に送るようにしている。今年は、その内容をいくつかのアイコンに収斂させ、個人のFBやツイッターなどに載せた。自分としては新たな賀正の形となった。

年賀の中心に「牛」の字を据えた。ふだんまったく筆を取らず、自身への小さなプレッシャーだった。そこで、この牛の字について記しておこう。干支を現わすのに、日本語では丑年と「丑」を使い、年賀などの場合には「牛」という文字を書き入れても違和感がない。干支を現わすために二つの文字がある意味互換性をもっていることには、中国語もその通りだ。しかしながら、二つの言語においては、ここに大きな違いを見せている。日本語において二つの文字はともに「うし」と読むのに対して、中国語では読み方がまったく異なる。さらに言えば、普段の使用法として中国語で「丑年」の表記はほとんど見られず、「辛丑」のように旧暦の表記とし、それ以外はすべて「牛年」としている。

今年、中国語で交わされる書面の挨拶には、「Happy 牛 Year!」というのが流行っている。牛の発音はまさに「new」に近い。ちなみに、「牛」という一字は、さらに「すごい」、「すばらしい」という意味を持ち、しかも「不牛」、「很牛」といった用法まで可能で、完璧な形容詞としての特徴を備わる。したがって、中国語を読む人の目には、今年の干支がもう一つめでたい響きが伴っている。

2020年9月26日土曜日

夢のプロット

古典の物語、絵巻や奈良絵本、能や狂言、そして現代小説などに語られる夢のことについて、これまでこのブログでも何回となく取り上げてきた。振り返ってみれば、どれも記された夢、語られた夢であり、自分との距離を努めて持たせていた。夢とはだれだって経験するものだが、そのような個人的な夢を記録して他人に伝えることは、あるいはそれなりの覚悟が必要かもしれない。

よく言われるように、夢には、色、匂い、触り、声と音と、人の五感に訴えるところがある。さらに、物語的な展開、言い換えれば物語のプロットをもつ夢を見たことがあるのだろうか。それには込み入ったストーリーが展開され、人の会話はもとより、状況を説明するナレーションまでついたものなのだ。それは、時にはしんみり、時にはミステリアスに感覚に訴え、切実にして切羽詰まり、そのまま小説になるのではないかと斜めに眺める瞬間さえある。はてにはそれが夢だと悟り、それでも物ごとの結末を見たいが一心で目を瞑ろうと我慢する。ただ、醒めてみれば、あれだけ真実のようなこともあまりにも突飛でわけが分からず、しかもその詳細はまるで朝の露みたいにあっという間に記憶から消え去っていくものなのだ。

夢というテーマに関連して、かつて研究会(「夢と表象-メディア・歴史・文化」)に参加し、そこから生れた論集に投稿までした。いまから思えば、いろいろな意味でたいへん勉強になった。上の写真は、論集のカバーの一部だ。

2020年4月18日土曜日

ランドマーク

写真は、かなりの量に上ると、その整理にいろいろと工夫が要るようになる。ここ数年、あれこれと試して到着したのは、Google Photosの利用である。便利な機能の一つには、写真をアップロードすると、関連の情報が自動的に追加されることがあげられる。そのうち、地名が重要な一部だ。ただ、古い写真や、位置情報なしで撮った写真でも、一部のものに場所の情報がはっきりと貼り付けられたことには、ときどきびっくりした。よく観察してみれば、特徴ある建物が利用されている。

いわゆるランドマーク。これはもともと好きな言葉なのだ。まったく知らない土地などに足を踏み入れると、特定の建物はまさにその土地のマークなので、旅をめぐる最初の実感を与えてくれる。その地で暮らす人々の日常、ときにはかなりの歴史に遡る出来事や伝統などをすべて凝縮し、訪ねる人が思いを託す掛け替えのないものである。一方では、デジタル写真をめぐるいまの経験は、それの逆の展開である。いわば建物は、マークとして用いてその土地を特定し、記憶の空間を確かめさせてくれる手がかりになった。とりわけ一人の個人の遠い昔の、どこまでも定かではない土地にまつわる記憶は、その地名をもとに集まった思いおもいの写真を眺め較べるうちに、その中身を思い起こし、内容を新たにしたものである。

数週間まえから再開したInstagramへの写真投稿は、いまも毎日のように続いている(@xjie.yang)。活動半径が極端に限られたいま、古い写真の整理を始め、学生時代に敢行したヨーロッパの旅を紐解いた。数えたらすでに34年もの年月が経った。そのせいだろうか、自分の顔が画面に出ても妙に公開に抵抗が少なかった。

2020年3月28日土曜日

インスタ日記

インスタグラム。すでに二年ほどまえに登録はしたが、ずっと放置したままだった。正直、いま一つ使い方が分からないメディアなのだ。家に閉じこもるようになり、なんとなく時間ができて、再開することにした。当面は、日常的なことを記録し、知人や友人と交流する「インスタ日記」から出発したい。

一日に一枚の写真、それに纏わる思いを、今度は英語と日本語の両方を併記するようにしようと、なんとなく決めた。ただ、肝心の写真をどのようなものを選ぶのか、これといった方向性がまったくなかった。そこへ、三枚目の写真をアップしたところでヒントを得た。たまたまレストランで昼食を取り、厨房の様子に惹かれてシャッターを押した。それをアップしたら、なんと同じ店のシェフからの「いいね」が戻ってきた。どうやら場所の情報を付けたので、それがそのシェフの視野に入ったもようだ。やはり人間の表情、反応、そして交流が魅力的なものだ。けっして得意な分野ではないが、とりあえずは人のいる風景ということをベースに歩き出してみよう。日常を眺める目には、もう一つの視点が加わったことを目標にしたい。

写真は好きだ。カメラもいろいろな用途にあわせてけっこう購入している。でも今度は身の回りの日常を切り取ることを目指すため、スマホを主役にする。ただ、そもそも閉じこもりからスタートしたこの試みは、行動半径の制限は厳しい。そのような時には、過去の写真を眺めなおし、記憶に残ったものを取り出すようにしよう。

インスタ日記

2019年12月31日火曜日

庚子歳賀正

謹賀新年。

子の年を迎えた。今年は近年あまり見ない暖冬で、クリスマスも年越しも昼は気温がプラスになったぐらいだ。毎年のように「紅白歌合戦」を眺め、ゆっくりと流れる時間に楽しんでいる。

新しい干支を古い絵に求めたくなる。前回の子の年は、たしか「絵師草子」に登場した鼠をあれこれとトレースしたのを覚えている。「十二類絵巻」にも擬人した鼠がかなり登場したものだ。一方では、擬人した鼠、それも干支に関連して年末年始を飾るものは、浮世絵では大きなテーマとなっている。あれこれとデジタル公開したものをクリックしてアクセスし、画題や説明などを読みながら遠い昔の年越しに思いを馳せた。そしていつくか選んで、右のような寄せ集めの一枚を仕上げ、庚子歳賀正の絵にした。

デジタル浮世絵のリソースはかなり公開されている。中でも立命館大学アートリサーチセンターが運営している「ARC浮世絵ポータルデータベース」は、規模が大きくて、研究利用への考慮が行き届いて使いやすい。今度利用した画像は、すべて同じデーターベースから取得した。参考にリンクを添えておく。

猫鼠合戦・菓子袋」/ 「道外十二支・子」/「家内安全十二支之図」/ 「道外十二支・甲子の鼡」/「猫鼠合戦・鮑の飯

2019年8月17日土曜日

観光メモ

短い休暇から帰宅した。旅の後半は、ケベック市で過ごした。町の歴史は、じつに江戸が作り始められたころの十七世紀の初頭にまで遡る。重厚な文化の蓄積にはさすがなものを感じた。

観光の町としての評判は高い。素晴らしい風景などへの期待は大いに満たされたが、それよりも実際に歩いてみて、観光資源作りという、いわばソフト面の整備には感心させられた。おもな観光スポットでは大道芸人たちの姿が絶えない。観察してみれば、それぞれきっちり45分の順番で交代し、出演者のリストを明記したところまであった。一方では、大掛かりな行事もあっちこっち行われている。サーカスのショーには千人以上の観客が集まり、駆けつけてみれば、二時間まえからすでに席取りが始まっていた。夜のコンサートはりっぱなステージを構え、名前の通った芸術家が続々と登場し、周辺道路を歩行者天国に早変わりした。しかもどちらも完全に無料である。観光の町を作り上げるために、官民一体になって力を合わせていることをひしひしと感じ取れた。

モントリオールからの移動は、鉄道を利用した。席はゆったりして、無線通信なども提供されている。ただ、2時間に一本しか運転せず、250キロの距離を走るのに四時間近くもかかった。思えば大学生だったころ利用していた鉄道とまったく同じスピードだった。中国のそれは、しかしもうすでに四十年もまえのことだった。

2019年8月11日日曜日

印象モントリオール

夏休みの後半、休暇を取ってモントリオールにやってきた。飛行時間は四時間、時差は二時間、けっこうな距離だった。古い写真などを繰り出して見てみたら、学会などの出張は別として、前回家族とともに訪ねたのは、じつに1991年の冬、ずいぶんと昔のことだった。

季節だからだろうか、観光客が多い。とりわけ新しいものに関心を寄せる若者が圧倒的だ。フランス語の町という評判は、その通りだ。ただ、なんと言ってもカナダの一部であり、たとえばイタリアなどのように、会話しようとしても話が通じないというわけではなく、だれでも口を開ければ自然な英語が戻ってきます。ただ、英語しか分からない人にはやはり親切とはほど遠い。道路や店の看板などはすべてフランス語。評判を追って入ったレストランでは、人間の名前をもってメニューを作り立てて、ほとんど文化的な意地まで感じさせられた。日本料理の店もかなり目に入った。名前は「OHANA」とかでそれらしく聞こえるが、店の作りは通りに向かって全開、いわゆるオーセンティック(本物感)という工夫とはまったく無縁の、とにかく自由はつらつ、解放感いっぱいで、思わず感心するぐらいだった。

今度の旅の狙いは、ロージャス・カップ。それも決勝のチケットまで取れている。日本のビッグ・プレーヤーが続々と名前が消えたのは残念でならないが、テレビで覗いていた様子はやがて目の前に現われてくる。はたしてどのような風景だろうか。

2019年7月14日日曜日

スタンピード

地元にはスタンピードという年に一度のお祭りがある。夏が本番に入ったころ、大掛かりなパレードで祭りの開始を告げ、大学を含む機関や地域のコミュニティはパンケーキ中心の朝食の集まりを主催し、都市全体はなんとなく祝日ムードに入る。(「サイドサドル」)今年も、カメラを引っさげてあっちこっちに出かけてこれを楽しんできた。

祭りのメイン会場は、巨大な遊園地だ。毎年この頃、十日程度しか稼働しないのに、よくも続くものだとつねに感心して眺めている。その会場に入ると、一年分のエネルギーが集結されただけあって、熱気に包まれる。いたって素朴なゲームの区域では、賞品といえば違うサイズのぬいぐるみか現金、きわめて分かりやすい。素っ気ない鉄棒に両手でぶら下げて2分続いたら即賞品が手渡されるブースでは、腕に自信ある若者たちはつぎからつぎへと5ドルを払って挑戦し、そしてそのほとんどはものの見事に1分程度で敗退してしまう。食べ物の屋台も数珠繋ぎで、普段みないような珍しいおやつなどもけっこう見られた。巨大な花のように盛り付けられた揚げ物が目を惹き、よくよく見ればその正体は玉ねぎだった。

その日を締めるのは、グランドショー。二万人も入るような巨大なスタジアムの中に特設ステージが設けられ、今年のオープニングの主役は牛だった。風船とぬいぐるみを合体させたようなものが一面に溢れ、愛嬌があって微笑ましい。

2019年5月25日土曜日

東京2019

今年も東京にやってきた。今度は、新設の日本文化を学ぶプログラムで、滞在期間は二週間、引率担当一人、アシスタント一人、参加者20人というグループである。学生たちを連れて毎日のように東京を歩きまわる。参加者は日本語学習歴不問で、ほとんどは日本との接点はなく、そして三分の一以上は家族以外の人と旅行するのがはじめてという、あくまでも新鮮な視線を持っている若者の集まりである。その分緊張感があって、素直に動いてくれて、とても気持ちの良いスタートとなっている。

はじめて日本を見る、そういう若者の目に映るものは、フレッシュで頼もしい。男組は、朝早起きして、地図も持たずに長い散歩を敢行し、開店の早いスーパーの棚に迷い込み、静かに続く行列の様子をカメラに収めても、会話を仕掛けて聞き出す能力がないままそれの不可解な理由に首を傾げる。コンビニに並ぶ飲み物やおにぎりなどの種類の多いことに驚き、二週間でどれぐらい試せるか指を折って計算する。学生食堂の値段に舌打ちし、渋谷の交差点を眺めて噂の日本に身を置いたことを噛みしめる。学習レポートとして、見たこと、思ったことを一日二回ツイッターで発信することを義務付けした。担当としては、(担当者のアカウントから)それをリツイートしたりして成績判定の方法と決めた。レポート発信のハッシュタグは「#jilc2019」、これも貴重な記録になるのだろう。

なぜか日本に来る度に、小さな地震に出会う。今度も土曜の午後、しっかりと震度5弱に見舞われた。グループSNSで学生はさっそく確認をし、返事を書いて送ったら、それの第一声に、「awesome(この場合、すごい、といったところか)」、と戻ってきた。別の学生と顔を合わせると、生涯最初の経験だと、興奮気味に語ってくれた。日本ならすべて得難い経験、その極端な一瞬だった。

2019年4月27日土曜日

ホームパーティー

冬学期が終わり、先週から講義のない時間が始まった。春は学年が終わる時期でもあり、新学年が始まる九月のはじめまで、しばらくは大学での統一する日程がない。そのため、同僚たちとのオフでの集まりもこの時期に集中してくる。この一週間、数えてみればキャンパスでのレセプション、それから同僚の家でのホームパーティー、それぞれ二回あった。

一言にホームパーティーと言っても、その様態はさまざまだ。先週の二つも、一つは一人の同僚の定年を祝うもので、四十人程度集まり、スピーチが用意され、それもマイクを使って披露され、ホストは温かい食事まで提供してくれた。もう一つは、二十人そこそこで、珍しい食べ物を持ち寄せ、ワインやビールを片手に大いに雑談するというスタイルだった。そこで交わされた話題もじつに多岐にわたり、記憶に残るものが多かった。たとえば、つぎのようなものがあった。定年してすでに十年近く立った老夫婦は、いまでも南米での潜水を楽しみ、冬の定番となっている。熊に比べてはるかに危険の小さいシャーク、餌で引き寄せて鑑賞することさえ行われている。人間の寿命と知識の継承にみるSFと現実との距離、定年してからの学問のやり方や社会との関連、著名文学者についての研究とその作家本人との交流、著作権、娯楽、そしてベストセラーへのアクセス、などなど。思い返して、なんとも楽しい。

日常生活において、同僚ととことん飲むような飲み会はたしかにまったくと言っていいほど存在しない。あるいは飲み会の対訳語として、ホームパーティーがちょうどよい。ただし、「ホーム」が空間になっているため、夫婦連れが圧倒的に多い。