2019年1月12日土曜日

古文開講

新学期が始まった。今学期の担当は、二科目、その一つは「日本語古文の基礎」。大学の教室でこれを打ち出すことには、これまでなんとなく躊躇してきた。しかしながら、まったく初めてでもない。いまの勤務校に務めるまえ、一年かけて教えた経験をもっている。あまりにも昔のことになってしまった。

いうまでもなく、古文にはずっと関心を持ってきている。教える機会に恵まれなくても、なんらかの形で関わりを持ちたいという努力は、つねに怠らなかった。その一つは、「インターネット古文講座」と名乗る特設ページの作成である。このブログの右側に、最初から「Kobun On-line」として出している。タイトルは英語でも、内容はすべて日本語だ。ただ、検索をかけてみたら、ブログの本文でけっきょく一度も触れていない。ブログを始めるだいぶ前にすでに公開していたからだろう。いまになっては、公開の確実な日にちも分からない。ただ、共同制作者と二人でドイツでの学会で発表したのが2001年8月との記録が残っている(ICAS 2--International Convention of Asia Scholars)。実際の作業は九十年代の終わりあたりだったに違いない。サイトには、文法の解説に留まらず、すべて項目について、正誤を判断してくれるドリルを用意した。JAVAコードをすこしずつ模索しながら書き出したオリジナルものである。学習者入力を取り入れ、しかもそれを普通のブラウザで実現し、いまだにタブレットでもスマホでも利用できる。古文の教え方としても、技術設計としても、いささか自慢なのだ。

日本語古文というテーマは、はたして普通の学習者からの関心が得られるのか、はなはだ心もとない。だが、実際に教室に行ってみると、受講者人数は、期待を大きく上回った。学習の理由を聞いても、「面白そうだから」、「日本語のレベルをあげたいから」など、教師の心をくすぶる答えがけっこう戻ってきた。どうやら難しいテーマは、熱心な学生を選んだらしい。ちょっと予想できなかった。

Kobun On-line

2019年1月5日土曜日

「住入」のこと

お正月には百人一首。かるたで遊ぶなどの経験は、実際に持ち合わせていないが、それでも思い出して、なにかと絵入りのカードやら絵双六やらを眺めることは、この時ならではの楽しみである。オンラインでアクセスしたのは、ブリティッシュコロンビア大学図書館が制作したデジタルコレクション「百人一首」、百点に近い作品がりっぱに公開されている。

たとえばこれ、「錦絵注入百人一首」に収められた一枚である。阿倍仲麿の歌だが、「古今羇旅」に分類され、「もろこしにて月を見こと」とタイトルが添えられる。絵に描かれたのは、三人の貴紳が筵に対座して酒宴に耽り、机の上には、酒の肴が並ぶ。月を「ふりさけ見」る中麿は、盃を手に握り、過剰に視線を月に向けてはおらず、帽子や服装によって強調される異朝の人が手を伸ばして遠くを指す。それらと関係なく満月は三人の頭上に上る。歌に対して「霊亀の朝、留学生とて唐に在こと五十年、扨日本へ帰らん時、」云々と、二百程度の文字におよぶ注釈が加えられている。それにしても、タイトルの上に出ている「住入」はどうしても解せない。文字として、「注」と「住」とは、文字を書く人、これを読む人にとって、そこまで無頓着で入れ替え可能なものだろうか。

同じタイトルは、かなりの数に及んで制作され、愛読されていたらしい。版や出版形態の違うものは、早稲田大学国文学研究資料館のデジタルコレクションにも収録されている。絵柄もほぼ同じに留まらず、「住入」まで変わらないことを付記しておきたい。

2019年1月1日火曜日

亥歳賀正

謹賀新年。

暦の上で亥の年に入った。去年に引き続き、干支がテーマとなる「十二類絵巻」のことがまず思いに浮かんできた。十二の干支がほぼ平等にビジュアル的に描かれ、猪もしっかりとスポットライトを確保した。そして他の動物に違わず饒舌に語る。そのセリフといえば、「にくしひと、かけゝゝ候はゝや」、「この山のいもは、ほりもとめて候」と、ツッツキや辺りを振り向かないで猛進するものとして、その生態が捉えられている。言葉こそ形に結ばれていないが、まさに「獅子奮迅」である。あるいは、突進する猪のイメージから、ネガティブな要素をいっさい取り払った、思いっきり耳障りの良い表現が「奮迅」に集約されたと言うべきだろうか。

数えてみれば、留学生だったころ、日本で暮らして迎えた最初のお正月はまさに亥の年だった。干支の亥は「ブタ」ではなくて「イノシシ」だと知らされ、中国語の感覚からすれば、ブタの一種に過ぎないイノシシがブタの座に座ったものだと、まったくしっくり来ない感じはかなり長く続いた。ずいぶん昔のことになるが、昨日のことのように思いに残っている。ちなみにブタだと、奮迅というわけには行かず、中国でのそれは、裕福の象徴として富や財産への思いをこの干支に託したのだった。目出たいことである。