2018年6月18日月曜日

微信の風景

週末にかけて故郷への弾丸旅行をしてきた。わずか一年ぶりではあるが、相変わらずに変化が大きい。家の近くまで地下鉄が開通され、破格としか言いようのない交通乗車料金もあって、いろいろと感慨深い。人々の日常に「微信」が浸透していると、うわさには聞いたが、身の回りのささやかな瞬間は記憶に鮮明に残る。

高速鉄道の駅内にある喫茶店に入り、静かに待ち時間を過ごしたら、迦裟に身を纏い、見るからにしかるべき風貌を持つ僧侶が迎いの席に座る。しばらくして慎重に会話を持ち出され、処世やら人相やらで一通りに話題を振りまかれる。別れ際に「微信を交換しよう」と、応じてあげたら、すかさずにそこから布施をするようにせがんでくる。一瞬の緩みも見せないところには感心するぐらいだった。数時間あと、鉄道を降りて地下鉄のチケットを購入する。数人待っている中、順番が回ってきた中年の女性は、古い札が受け付けられないと分かったら、大きな声で後ろに向かって「お金を貸してくれ、微信ではらうから。」あっけに取られて見守ると、そのすぐ後ろの人はなんの迷いもなく現金を手渡し、購入が済んだら、至極自然にアカウントを交換し、お金のやり取りを始めた。

微信は、どうやらとっくに社交のツールとの枠をはみ出し、すさまじいスピードで人々の財布から現金を取り除いてしまった。一方では、不思議なことに、外国からやってきた人はこの流れに参加することはいまはまだできない。あきらかに中国での消費を意味するものだが、外国の口座やクレジットカードは使わせてもらえない。この現状も、そのうち変わってしまうことだろう。

2018年6月9日土曜日

連獅子

ホスト校の手配により、木曜日は歌舞伎鑑賞に出た。同じ経験は去年のちょうどいまごろを含め、数えたら六回目になる。それでもけっして飽きることはなく、しかも今度ははじめて花道真横の席を譲られ、一流のパフォーマンスをすっかり満喫した。

前半の歌舞伎解説の部では、今年は男女二人の学生代表を指名して舞台にあげ、所作の真似をしてもらうという内容だった。初々しくて積極的に取り組む二人の若い学生はなんとも頼もしい。後半の演目は、「連獅子」。白と紅のたてがみを振りながら舞い踊るという定番のハイライトもさることながら、覚えたばかりの「裃後見」、「差し金」などの語彙をさっそく舞台上で確かめ、獅子を表現するには、面を頭ではなくて右手にかけて演じきったことに新たな発見を覚えた。歌舞伎の舞台で繰り広げられた間狂言をはじめて鑑賞できた。きっと流派の違いからきたものだろうが、セリフの言い回しにどことなくおぼつかないような感じをしたのだが、しかしいったん踊りに入ると、普段の能狂言ではけっして見られない安定感や華やかさが全開され、さすがだと唸った。踊りに「六方」がふんだんに披露され、かつてクラスで熱心に語っただけに、幕が降りたらおもわず傍にいる学生に確認して念を押した。

「連獅子」はシネマ歌舞伎の一つに収められている。映画は十年まえに公開され、三年ほどまえ地元にまでやってきた。実際に舞台で見たそれは、巨大スクリーンでも比べられない真の迫力があった。一方では、あのシネマ歌舞伎は、いままさにこの時期に京都で上映され、しかも有料だとのことである。ほんものの鑑賞はいっそう有難みが増した。

平成30年歌舞伎鑑賞教室

2018年6月3日日曜日

嘘をいう写真

ここ数日、前後して二件の妙な出来事が起こっている。いずれも個人的になんらかの形で関わりを持ち、ともに白黒の古い写真がことの発端を作り、しかも広く使われているSNSの環境がそれに思わぬ展開をもたらした。二つの出来事はとても似通っている。絵の議論をする場合、「写真だって嘘を言う」と警戒するが、まるで地で行く展開を見せていて、ここに記しておかざるをえない。

わたしが大学に入ったころ、その大学が十年間の空白を経てようやく再稼働した。そのような大学再開という歴史は、数えてちょうど40年となる。したがって当時のことを振り返るような動き、そしてそれをめぐる実際の発言などは、普通に考える同窓会とはかなり違う意味あいがあり、ひときわ大きい響きをもつ。そのようなところに、母校の史料館に残され、しかも特定の大学を超えたさまざまな記事などで引用された一枚の写真に登場した顔ぶれが議論されている。あわせて七人写され、その中の人々がそれぞれに述べる他の人間はまったく食い違っている。その一つのバージョンにわたしの名前も入ったが、さっそくそれには当たらないと、熱心にとりあげる昔の同級生を通して史料館に伝えてもらった。ほぼ同時に、大学生活が終わり、日本留学が始まろうとしたころの、学生宿舎での一枚の写真が同じ経路を辿る。その中の一人は大きくニュース記事のスポットライトを浴び、当時の様子を伝えるための写真を紹介した。しかしながら、あわせて七人の顔の中には、遠くからわたしを訪ねにやってきて、たまたまその場に居合わせた中学時代の二人の友人の顔が入っている。あの二人の友人とも、本人が知らないまま長年まったく関係ない歴史に組み入れられたという結果になっている。

とりたてていうまでもないが、写真には罪がない。それどころか、あくまでも希少で、あまりにも貴重だ。ただ一方では、写真に収めた情報は、どこまでもビジュアルなものなのにすぎない。そこに加わった当事者の証言がその情報の中身となる。その中で、知らずに流れた40年、人間の平均寿命の半分であり、生産する時間のほぼすべての長さにわたる。この事実をなんとも重い。ただ、広く参加されているSNSがあればこそ、写真が広く議論され、齟齬が訂正されていることも、見逃してならない。ありがたい救いだ。