2018年6月18日月曜日

微信の風景

週末にかけて故郷への弾丸旅行をしてきた。わずか一年ぶりではあるが、相変わらずに変化が大きい。家の近くまで地下鉄が開通され、破格としか言いようのない交通乗車料金もあって、いろいろと感慨深い。人々の日常に「微信」が浸透していると、うわさには聞いたが、身の回りのささやかな瞬間は記憶に鮮明に残る。

高速鉄道の駅内にある喫茶店に入り、静かに待ち時間を過ごしたら、迦裟に身を纏い、見るからにしかるべき風貌を持つ僧侶が迎いの席に座る。しばらくして慎重に会話を持ち出され、処世やら人相やらで一通りに話題を振りまかれる。別れ際に「微信を交換しよう」と、応じてあげたら、すかさずにそこから布施をするようにせがんでくる。一瞬の緩みも見せないところには感心するぐらいだった。数時間あと、鉄道を降りて地下鉄のチケットを購入する。数人待っている中、順番が回ってきた中年の女性は、古い札が受け付けられないと分かったら、大きな声で後ろに向かって「お金を貸してくれ、微信ではらうから。」あっけに取られて見守ると、そのすぐ後ろの人はなんの迷いもなく現金を手渡し、購入が済んだら、至極自然にアカウントを交換し、お金のやり取りを始めた。

微信は、どうやらとっくに社交のツールとの枠をはみ出し、すさまじいスピードで人々の財布から現金を取り除いてしまった。一方では、不思議なことに、外国からやってきた人はこの流れに参加することはいまはまだできない。あきらかに中国での消費を意味するものだが、外国の口座やクレジットカードは使わせてもらえない。この現状も、そのうち変わってしまうことだろう。

2018年6月9日土曜日

連獅子

ホスト校の手配により、木曜日は歌舞伎鑑賞に出た。同じ経験は去年のちょうどいまごろを含め、数えたら六回目になる。それでもけっして飽きることはなく、しかも今度ははじめて花道真横の席を譲られ、一流のパフォーマンスをすっかり満喫した。

前半の歌舞伎解説の部では、今年は男女二人の学生代表を指名して舞台にあげ、所作の真似をしてもらうという内容だった。初々しくて積極的に取り組む二人の若い学生はなんとも頼もしい。後半の演目は、「連獅子」。白と紅のたてがみを振りながら舞い踊るという定番のハイライトもさることながら、覚えたばかりの「裃後見」、「差し金」などの語彙をさっそく舞台上で確かめ、獅子を表現するには、面を頭ではなくて右手にかけて演じきったことに新たな発見を覚えた。歌舞伎の舞台で繰り広げられた間狂言をはじめて鑑賞できた。きっと流派の違いからきたものだろうが、セリフの言い回しにどことなくおぼつかないような感じをしたのだが、しかしいったん踊りに入ると、普段の能狂言ではけっして見られない安定感や華やかさが全開され、さすがだと唸った。踊りに「六方」がふんだんに披露され、かつてクラスで熱心に語っただけに、幕が降りたらおもわず傍にいる学生に確認して念を押した。

「連獅子」はシネマ歌舞伎の一つに収められている。映画は十年まえに公開され、三年ほどまえ地元にまでやってきた。実際に舞台で見たそれは、巨大スクリーンでも比べられない真の迫力があった。一方では、あのシネマ歌舞伎は、いままさにこの時期に京都で上映され、しかも有料だとのことである。ほんものの鑑賞はいっそう有難みが増した。

平成30年歌舞伎鑑賞教室

2018年6月3日日曜日

嘘をいう写真

ここ数日、前後して二件の妙な出来事が起こっている。いずれも個人的になんらかの形で関わりを持ち、ともに白黒の古い写真がことの発端を作り、しかも広く使われているSNSの環境がそれに思わぬ展開をもたらした。二つの出来事はとても似通っている。絵の議論をする場合、「写真だって嘘を言う」と警戒するが、まるで地で行く展開を見せていて、ここに記しておかざるをえない。

わたしが大学に入ったころ、その大学が十年間の空白を経てようやく再稼働した。そのような大学再開という歴史は、数えてちょうど40年となる。したがって当時のことを振り返るような動き、そしてそれをめぐる実際の発言などは、普通に考える同窓会とはかなり違う意味あいがあり、ひときわ大きい響きをもつ。そのようなところに、母校の史料館に残され、しかも特定の大学を超えたさまざまな記事などで引用された一枚の写真に登場した顔ぶれが議論されている。あわせて七人写され、その中の人々がそれぞれに述べる他の人間はまったく食い違っている。その一つのバージョンにわたしの名前も入ったが、さっそくそれには当たらないと、熱心にとりあげる昔の同級生を通して史料館に伝えてもらった。ほぼ同時に、大学生活が終わり、日本留学が始まろうとしたころの、学生宿舎での一枚の写真が同じ経路を辿る。その中の一人は大きくニュース記事のスポットライトを浴び、当時の様子を伝えるための写真を紹介した。しかしながら、あわせて七人の顔の中には、遠くからわたしを訪ねにやってきて、たまたまその場に居合わせた中学時代の二人の友人の顔が入っている。あの二人の友人とも、本人が知らないまま長年まったく関係ない歴史に組み入れられたという結果になっている。

とりたてていうまでもないが、写真には罪がない。それどころか、あくまでも希少で、あまりにも貴重だ。ただ一方では、写真に収めた情報は、どこまでもビジュアルなものなのにすぎない。そこに加わった当事者の証言がその情報の中身となる。その中で、知らずに流れた40年、人間の平均寿命の半分であり、生産する時間のほぼすべての長さにわたる。この事実をなんとも重い。ただ、広く参加されているSNSがあればこそ、写真が広く議論され、齟齬が訂正されていることも、見逃してならない。ありがたい救いだ。

2018年5月25日金曜日

「才」と「芸」と

担当する授業の一つは、学生とともに絵巻を読むというテーマにした。昨日のクラスで取り上げたのは、あの「吉備大臣入唐絵詞」。所蔵先のボストン美術館はすでにこれを全巻デジタル公開し、学生への宿題はオンライン閲覧を課しておいた。若い大学生には、このような古典は意外と新鮮で、これまでには一度もまともに目を通していない人がほとんどらしい。戻ってきたコメントからも、そのような熱気が伝わった。

クラスで十分に展開できなかったが、じつは詞書の中に、文化史的にじっくり論じるべき大事なヒントがいくつも隠されている。たとえば、「才」と「芸」、両者の区別と関連。絵巻の中で、文選読みの試練を、吉備が鬼の協力で鮮やかなぐらいに撃退し、原典へのリスペクトまでおまけとして盛り込んで、じつに痛快だった。それを受けて、さらなる試練は、文才に対する違う分野のものだと、まずは枠組みが決められ、芸からの出題と、それの代表格として碁が選ばれた。「才はあれど芸はなし」(三巻一段)、明解で魅力的な文言だ。文字によって書かれたものに対しての、形を持たない、変幻自在の芸(芸能、芸当)、しかもそれが才の次の、才よりは高次元のものとして取り扱われるものだと物語が主張する。

いうまでもなくここに展開されたのは、中国の皇帝を囲む人々の口を借りて言わせたが、あくまでも日本的な発想だ。かつて「芸画」と「術画」をめぐる中国側の画論についてメモをした。まさにこのような議論に平行し、まるで違う視点を見せつけたものだ。しかしながら、吉備大臣をめぐる物語は、碁の石を盗み、飲み込んで隠すというような形でその到達の極致とした。いまの才・芸の言説において、このような行動原理はどのような形で加わるのだろうか、追跡を続けたい。

2018年5月20日日曜日

創立記念シンポ

週末にかけて京都に出かけ、国際日本文化研究センターにやってきた。創立三十周年を記念する国際シンポジウムに招かれた。客員研究員として前後二回在籍し、過去二十数年来、数えきれないほどここを訪ね、研究活動をし、さまざまな形でお世話になった。その日文研は、月曜日をもって設立三十一年目に入る。

記念行事は、三日にわたる。登壇する発表者は、数こそそう多くはないが、いずれも世界各地からこのわずかな時間のためにわざわざ集まり、歴史、文学、文化と、それぞれの専門分野においての成果や経験談などを持ち込み、熱心に語り合った。居心地のよい広々とした会議ホールには、補助の椅子が出されるほどいっぱいに埋まった。休憩の時間になると、だれもが寸分を惜しむように互いに挨拶を交わし、近況を交流した。大学院時代に同じ研究室で席を並べた四人が揃えて写真を撮れば、だれかが、この四人で六つの国籍を持っている(いた)のだと、しみじみとコメントした。まさに国際という名にふさわしい場であり、不思議で掛けがえのない縁で結ばれたことを大切にしなければならないと思った。

30年。思えば、研究所が設立されたころ、自分はまさに博士学位論文と悪戦苦闘をしていた。どのようなルートから伝え聞いたのだろうか、日文研という機関があり、そこが外国人研究者による「フォーラム」を主催したのだと、自転車を漕いで出かけては熱心に聴講した。世界の日本研究者の名人達人たちの話からどれだけの栄養を得、啓蒙と啓発を受けたものだったのだろうか。あのころの記憶は、妙に生き生きと脳裏に浮かんでくる。思い返して、ただただありがたい。

世界の中の日本研究

2018年5月12日土曜日

鎌倉の大イチョウ・続き

週末、訪ねてきた客を伴い、鎌倉を歩き回った。あいにくの雨。同行者に若者がいるので、最初は鎌倉高校前で下車した。熱気溢れる人々のまなざしや会話を目の当たりにして、これまで知らなかったもう一つの鎌倉を満喫し、それに続いてようやく鶴岡八幡宮の境内に入った。自分が狙いを定めたのは、ほかでもなくあの風に倒れた大イチョウだった。

思えばちょうど八年前の今ごろ、ここを訪ね、その前後に起こったもろもろは記憶に新しい(「鎌倉の大イチョウ」)。あの時から、ほぼ二年に一度の割合で八幡宮を訪ね、その度に木の芽が出てこないかと期待を持ち続けた。そして、いくら時間が経っても空しい思いになったものだった。その経緯をクラスでも何回となく紹介し、時には学生たちの学期レポートにまで取り上げられ、若い人々にも伝わったと実感していた。そこで今日である。階段に上るところで上に向けてカマラを構えると、目に入ったのは相変わらずの巨大な木の根っこが鎮座する姿だった。今年も変わりはないのかと、階段を上り、上から振り返り、眺めてみれば、やっとずっと予想していた風景があった。りっぱな若木がしっかりと立ち、扇の形をした葉っぱは青々としてなんとも素晴らしい。同じイチョウはやっと蘇ったものだと、内心叫びたい気持ちだった。

考えてみれば、わたしたちが目にしていたあのイチョウは、八百年前から、はたしてずっと同じ姿のものだったのか、それともいまのような蘇りを繰り返したのだろうか。木を育てるということにかけて豊穣な知識や実践を受け継いできた日本の造園師たちは、どれだけの苦労と工夫をしたものだろうか。きっとどこかに記されていると想像しながらも、いつかそのような経緯を知りたいものだ。

2018年5月5日土曜日

地図に写真投稿

違うところで時間を過ごし、または訪ねていたら、いまは頻繁にストリートビューで下調べをし、人が投稿した写真を参照する。そうなれば、行動記録の一つをかねて、自分も投稿したくなる。しかしながら、ここ数日、これで躓いた。写真投稿の方法などをどんなに苦労して試してみても、予想の結果にはたどり着かない。こんなもどかしい経験も珍しい。らちが上がらず、ここに二三の要点を備忘に記しておこう。

これまで、ストリートビューにはあわせて百枚以上の写真を投稿した。一番便利だったころは、携帯で撮ったらさっそくアプロードといったような便利なやり方も取った。しかし、いつの間にかピカサの停止やGoogleフォトの拡大などに伴い、写真閲覧の方法はかなり変わってしまった。結果として、投稿した写真はどうやら続けて見られているもようで、閲覧数の知らせもときどき寄せられてくる。ただ、それらの写真を確認しようと思っても、自分のアカウントから以外は、どうしても辿りつかない。つまり、あの黄色い人形を地図の上に引っ張っていっても、出てくるはずの写真の記号が現われない。あらたに写真を投稿しても、同じ結果になる。GPSデータの修正(フォトでは写真に撮影場所が正確に反映される)、Google+の公開方法の変更、ひいては地図への地名タグ追加(山中の散歩道などいまだ写真の投稿が存在していないところ)、などなど、あっちこっちの説明を読んで得たヒントを一つまた一つと試したが、とにかく結果が付いてこない。一例として、京都の鴨川での写真のリンクを添えておく。個人のアカウント(「自分の投稿」)から取得したリンクだが、写真から地図への対応が正確でも、地図から写真への行き方が見つからない。

Googleのような規模のものだから、度重なる更新、膨大な数のユーザー、プライバシーポリシーへの対応など、ある種の混乱が伴うのもやむをえない。ただGoogleだからこそ、利用方法をユーザーにしっかりと理解させることぐらいはやはりなによりも基本的なものだろう。

京都鴨川荒神橋北側

2018年4月28日土曜日

空海・猫

週末には、新宿の映画館に入り、先学期学生から教わった話題の映画を見た。あのクラスとの関わりは、白楽天と楊貴妃。その目で見れば、じつに妙な映画だと言わざるを得ない。名高い出浴する貴姫の姿はついに登場せず、代わりにその美貌を披露するには、度肝を抜いたブランコ乗りで、まるでサーカスさながらの見せ場になった、李白もお目見えにはなったが、俗人っぽい顔ばかり塗り固められている、などなど、ツッコミ所満載だった。ただ、そもそも妖精の猫が主人公なので、頭を空っぽにして、とにかくスクリーンに映し出された幻を眺めるこそ正しい鑑賞だと言えよう。人物も動きも色合いも、まるごと神仙境を訴えようとしている。

ストーリのかなめに「尸解」を据え付けたことには少なからずに驚いた。思えば、修士論文を書いたころーーあの時代、博士論文というものは勉学の内容に存在せず、修論が大きな到達だったーー四人いる同級生の一人が取り上げテーマはまさにこれだった。そこで初めてこの道教の用語を知ったのだが、この言葉の言おうとしたもの、目指そうとしたところなど、なかなか理解ができなかった。一方では、近年になって、言葉の神秘さも大きく貢献しているだろうが、「尸解」をテーマにした小説などかなり増えた。言葉通りに理解するなら、死んだ人を蘇えらせることも一つ分枝だろうけど、言葉の重きは、やはり体(尸)を分解することにあったはずだ。しかしながら、映画の中では、これがむしろ逆の発想で捉えられ、しかもいかにも仙人の対極にあるような発想での落ちが用意されたものだった。

映画のタイトルは、中国語でも英語訳でも「妖猫」としている。日本語版のみ「空海」となった。異国の貴姫よりも、自国の空海が身近だということだろうか。いずれにしても、この映画のおかげで空海の顔にさらに異色のものが付け加えられたことになる。無心に眺めていれば、捉えようのない猫よりは、画面いっぱいに活躍する若い僧侶の顔は、瑞々しくて親しみやすい。

空海 -KU-KAI- 美しき王妃の謎

2018年4月21日土曜日

教壇に立つ

四月も下旬になり、日本の大学は春学期の二週目の授業に入る。今年は、協定校の関係で客員教授のポストをいただき、今学期いっぱい日本に滞在することになる。大学院時代のことを計算に入れないとすれば、はじめて日本の大学の教壇に立った。

ホスト大学からはかなりの信頼を寄せられ、大きなクラスも担当させてもらっている。いうまでもなくすべては勉強の内容となる。機会を見つけては若い学生たちとの会話を楽しみ、かれらを思考や行動を観察し、自分なりに理解しようとする。そもそも大学のカリキュラムからにして、新鮮なものだ。学生たちが取り掛かるテーマはカナダより遥かに多い。単純に計算すれば、学生は20単位のコースを四年間取り続ければ卒業できるという制度だ。ならば、クラスに週計15時間通い、10人の教師の話を聞くことになる。勤務校の場合、クラス時間はちょうど同じだが、しかしテーマはその半分だ。すなわち5のクラスで、場合によって同じ教師に週3回も4回も顔を合わせることになる。考えによっては、この差はあまりにも大きい。さらに日本の場合、習得するコースは学費と関わりを持たないので、学生側の自由度が高く、学習意欲により直結できるように思われる。

最初の週を無事にこなした。素直な学生たちの対応には、やはり微笑ましい思いをかずかず体験できた。何人もの学生は、二回目にしてはじめて教室に現れたことを謝り、その理由を口々に「抽選漏れ」と言った。どうやら取りたいコースには抽選で資格が得られず、やむなくこの教室に入ったとのことだ。クラスについてのコメントを書いてもらっても、予備知識はいっさい持っていない、これから努力するという約束が多かった。教養のコースなので、ここからの出発はむしろその前提なのだ。それにしても、このような時のカナダの学生ならまったく違う態度を取るものだなあと、ついついそのようなまったく違う立ち振る舞い、いや発想に想像を走らせたものだった。

2018年4月14日土曜日

ZOOMで語る

二週間前にここで告知した行事は、先週予定通りに実施された。カナダの日本語教師を対象に想定したもので、ZOOM会議を利用して一時間のワークショップ、それの最初の集まりに声を掛けられた。技術環境が提供できる上限にはほど遠いが、それでも予想していたより約二割ほど上回る人数だった。参加者の顔ぶれを見れば、じつは半数以上がカナダの外からアクセスしてきた方々だった。時差の関係で真夜中の時間台で出られないとの連絡さえ寄せられた。普段よっぽどの機会がなければ顔を合わせることがとてもできないからこそ興味を持ったという、バーチャル集まりの魅力、その醍醐味の一端が現われた。

自分としては、あくまでも話題提供をするという気持ちで参加し、取り出したテーマは、去年の秋に進行した「カナダ日本語ビデオコンテスト」である。行事の内容を基本から触れ、とりわけその企画、運営の詳細、具体的に試みた道具や利用の工夫、注意して対処したことなどを順番に説明した。グーグルが導入している音楽著作権管理の方法など、一度体験しなければなかなか気づかないようなことなどは注意を惹いた。一方では、せっかく集まってくれても、話題になるビデオサイトを覗いているわけではなく、コンテストの存在すら知らなかった人々もいたのには、すこし驚いた。そうと知っておいたら、もうすこし話の内容を調整できたものだった。学生気質を触れたが、オンライン集まりの一側面に気づかされた思いがした。

集まりの様子は録画公開と予定されている。自分の話をビデオで睨めっこする(される)ことを想像すれば、あまり自慢するものではない。でも、どうもそうとも言い続けられなくなってきた。録画公開のコストが劇的に小さくなったことが遠因の一つだろう。思えば時間が経ってしまえば、録画資料への視線もすこしずつ変わっていくに違いない。

2018年4月7日土曜日

織り物考古

いま中国において、模倣からスタートし、瞬く間に驚いた発展を遂げた実例は枚挙に遑ない。このごろ、ときどき覗いている講演録画のサイトがある。サイトの名前は「一席」(「一席の話は十年の読書にも勝る」との故事からくる表現)。録画の作り方も、会場の配置も、そして動画導入の音楽まであのTEDの複製だと一目で分かる。だが、あくまでも中国の知識人に登場してもらうもので、その話題は古今に亘り、飾らなくて濃密な知識をもって聞く人々を魅了してしまう。数日まえに見て深い印象を受けたものには、「織り物考古」というテーマを取り上げた講演があった。

講演者は、過去四十年以上考古の現場に活躍し、とりわけ織り物についての発掘、保存、復原に努めた学者である。あの馬王堆の発掘をはじめ、それこそ錚々たる実績を積み重ねてきたのだ。けっして広く知られておらず、苦労と冒険と喜びの織り交ぜた数えきれないエピソードなどを一つまたひとつと語られたのを聞いて、目の前に未知の世界が生き生きと開いていく思いがした。途方もない辛抱強い作業の末に鮮やかな色が甦った千年前の宝物の姿を捉えての感動、内容の分からないものには、早急の名前などを付けずに番号のみで公表して各方面の専門家に参加してもらうなどの慎重な対応への感銘、倍葬する若い女性たちの身元への推理への納得など、どれも特筆すべきものである。一方では、織り物に施された竹の模様が、発見した瞬間の緑色から見る見るうちに枯れ葉の色に変色し、描かれた竹の生涯を目撃できたことを考古学者の冥利としたところには、千年単位で伝わったものをはたしてそんな軽率な対応で良いのかと、疑問も禁じ得なかった。

写真は、録画の中に紹介された北宋時代の画像の一例だ。人間の行動の捉え方も滑稽味のある円熟な線も、日本の絵巻から切り取られてきたものだと言っても信用してもらえるぐらいだった。講演者の説明によると、入れ墨を体いっぱいに彫った男がお金を洗っているところだとのこと。はたしてそれでよろしいだろうか。あまりにも関連の情報がなくて、しかし極めて魅力的な画像で、妙に惹きつけられる。

王亞蓉:紡織考古

2018年3月31日土曜日

自撮りビデオ

このタイトルは自然と出てきたが、考えてみればさほど使われている言葉ではない。あるいはビデオの自分撮りが盛んでも、具体的な作業の過程や目的などにおいて、インスタ映えを求める写真とかなり距離があるからかもしれない。それはさておくとして、先週は、必要に追われて集中的にこれを経験した。どれもビデオ作品としての完成度への追求をせず、必要最小限の録画である。それにかかわる技術的な詳細をここに記しておく。

ビデオを撮るための機材は、その目で見ればすでに溢れんばかりの状態になった。パソコンに外付けするネット会議用ネットカメラ、ノートブックパソコンに付いたもの、カメラが売りの携帯、そして高画質のミラーレスカメラ、などなど、どれも手元に置いてある。しかしながら、けっきょくは小型デジタルカメラを選んだ。液晶パネルが跳ね上がって見やすいことがその決めてとなった(PowerShot SX730HS)。撮った動画は、パソコンに移して、言い間違いや言い換えを削ったりする最小限の修正を加えるだけで、それ以上のタイトルやら音楽やらの編集をしなかった(MovieMaker)。そして、作成したものは、YouTubeにアップロードして保存し、共有した。ただ、そもそも特定の目的のために作ったものなので、あえて公開を選ばず、リンクによるアクセスにした。

すでに公開した一例はこれだ。再来週の予定になるが、日本語教師の集まりに誘われ、オンライン研修会に話題を提供する役目を引き受けた。ZOOMの使い方、ネット会議の可能性を具体的な実践を通じて模索したい。

JFT日本語教師オンラインセミナー

2018年3月24日土曜日

鯨鯢の姿

数ヶ月まえ、李白を載せて西の空へ去っていく鯨のことを記した(「昇天する李白」)。明の木版本に挿絵として描かれたもので、その当時の人々のある種の共通した認識を示したものだろうと漠然と推測したものに留まった。しかしながら、神々の姿を求めているうちに、それが遥か隋の時代の絵画にまで遡るものだと気づいて、少なからずに驚いた。

右に掲げたのは、「洛神賦図」(顧愷之、故宮博物院蔵宋模本)からの一コマである。中国絵巻のもっとも古く、極めて優れたものとして注目された作品であり、主人公の姿が繰り返し登場するなど、物語絵としての要素を過不足なく伝えている。そこで、この場面は、「洛神賦」のなかの「鯨鯢踊而夾轂」を描く。洛神の周辺を守る「文魚」、「六龍」、「水禽」とともに丁寧に絵画化され、鯨鯢(げいげい、クジラの雄と雌)は対となってしっかりと轂(こく、車のこしき)の両側に付いていく。木版に描かれた鯨と比較すれば、巨大な二本の須が見えない以外、ほとんどそっくりそのままの姿となり、丸く肥えた巨体は、なんとも微笑ましい。

故宮博物院所蔵の絵画資料は、おなじく高精細のデジタル画像で公開されていて、「洛神賦図」をはじめ、数千と数える一級品は、パソコンの前でクリックひとつでアクセスできる。なお、ブログ「琴詩書画巣」に収められた原作の賦との対応や日本語解説もあわせて付記しておきたい。

2018年3月17日土曜日

カバー・デザイン

数日まえ、SNSにて告知をしたが、学生たちのレポートから読み応えのある作品を選んでまとめた「Old Japan Redux 4」を公開した。同じタイトルを用い、同じやりかたで作ったささやかなシリーズの四冊目に当たり、勤務校の学科サイトに預け、広く読まれるようになっている。内容にはユニークなものがあるので、ぜひご一覧ください。

四冊並べて眺めて見れば、カバーはまずそれなりに目立つ。デザインの仕事をやっている人間には間違いなく笑われるものだろうが、一通り、手作り感全開のものとなった。絵巻から一場面、学生の作品から四枚の絵という、この二つの要素を組み合わせたものである。タイトル文字や絵の調整など、ワードの基本的な機能にもっぱら頼った。絵の選択も、さほど深く考えることなく、とにかくその時その時になんらかの形で作業に関連するものから抜き出した。ただ、小さなこだわりとして、模写から選ぶという方針を自分のなかで決めた。模写のほうは、むしろ色合いが鮮明でいて、インパクトがあって、分かりやすい。引用した作品名などは右下に小さく記し、個人的これに関わった時期などの記憶に連動して、時間が経てば有意義な記録になる。

かつて、とある尊敬する研究者の研究室に招かれ、本棚の一角に並んだかなりの数の学生たちの作品集を見て小さな感動を覚えたことがある。学生主体で作られたものだろうが、それでも教えた側の気持ちが伝わる。この小さなシリーズは、それの真似から出発したものだ。ただデジタルの環境が利用できるようになっている今、より多くの読み手に届けられ、環境の進歩に恵まれた。

Old Japan Redux (1) (2) (3) (4)

2018年3月10日土曜日

マイクはどこだ!

水曜日には数ヶ月かけて準備してきた一つの行事があった。ふつうなら恙無く済んだと言いたいところだが、今度はしかしながら予想もしなかったハプニングがあった。繰り返し使っていた会議ホールには、大きなスピーカーがしっかり設置されてはいたが、なんとマイクが用意されていなかった。それも開始時刻になってはじめて気付かされた。そのあとの展開、関係者の神対応、まさに記憶に残るものとなった。

勤務校での所属学科が、この三年間ほど二回の合併が行われ、ようやくすべての外国語や言語学の部署を統一した「スクール」という到達に至った。行事とは、このスクールの設立行事、日本風に言えばキックオフの儀式だった。二百五十名を超えた来客に軽食やアルコールを含む飲み物を振る舞い、歓談を交わしたうえで、大学の総長が祝辞を述べ、知名の教授に一席の講演を披露してもらうというような大掛かりな内容だった。そのような中での、マイクなしの展開だった。その対応というのは、とにかく講演者に肉声でお願いするというものだった。来客たちはこれまた素晴らしい応対を見せて、静かに話に聞き入った。お陰さまで予定した四つのスピーチは、ほとんどすべて内容の変更がなく行われた。

頼もしい後日談が一つ付いた。その翌日、貴賓としてお越しになった一人の方と会話する機会があり、あらためてハプニングのことに触れたら、面白いコメントが戻ってきた。司会を務めた二人の若い学生こそ明らかに力不足だったが、あとのスピーチの四人は、それぞれじつにりっぱな声だった。教壇に立ち続けた経験が物を言わせるという職業の成せ技は、妙な形で気付かされたものだった。

2018年3月4日日曜日

王と妃と

先週の週末、楽しい集まりがあった。中国語を話す少人数の人々の集合に招かれ、何か古典についての話をするように頼まれた。友人関係なので気楽に応じた。ただ中国関係の話題をさほど持ち合わせていなくて、去年の秋、学生たちと一緒に読んだ長恨歌絵巻の話を改めて持ち出した。

長恨歌の詩は、言うまでもなくたいていの人々にそれぞれの形で馴染みをもつものである。一方では、詩の内容を丸ごと絵巻にするということは、決して多く行われず、新鮮なものとして皆さんの関心を集めた。異国の風景を表現するための太湖石、異国あるいは異界を象徴する四角の模様をもつ床、赤い色を施された室礼など、いちいち説明したら皆さんは一様に感心した趣きを見せた。その中の一場面についての議論は興味深かった。入浴を終えた美女の楊貴妃を王が振り返るというあの構図である。王と妃との位置関係はには不可解さ、ひいては一種の滑稽さが読めるのではないかと個人的な印象を語ったら、楽しい説明が戻ってきた。曰く、王と妃との間を動きまわる無数の美女は、もともと二人の目にも入らないような存在しかならない。その前提で、王その人もまさに同じく入浴をともにし、二人が熱愛に陥ったものだったのではなかろうか、と。もともと絵の読み方には正解などない。そこまで熱心で大胆な読み方を引き出せただけで、一席の話は成功だったと言えよう。

日本では様々な文化的な講座などが多く設けられるが、ここ地元では、子供たちを対象にする習い事や、健康志向のダンスクラブなどがあっても、文化的な集まりはなぜかかなり少ない。そのような中での一時、いささか思いに残る時間だった。

2018年2月24日土曜日

機械読み上げ

今週伝わってきたニュースの一つには、Amazonからの新技術の発表があった。「Amazon Echo」シリーズに読み上げ機能が組み込まれ、購入されたキンドルの書籍を音声で指示をすればすべて読み上げてくれるというものである。技術関連のWeb記事などにとどまらず、一般の新聞やラジオ番組にまで取り上げられ、大きな関心を集めた。すでに普通に実現されている技術なのに、ここまでスポットライトが当てられ、かつ反響があったことにはちょっと驚いた。

個人的には、読み上げられるものを聞き続けるということは、英語圏で生活を始めてからずっと日常の一部分だった。英語圏のベストセラーなどは、多くの場合出版と同時にそれの朗読バージョンが発売され、そして紙媒体の小説と同時に市民図書館に入ってくる。20年以上も前には、朗読されたものは、ダイジェストの形でカセットテープに収録され、それを借りて大事にウォークマンに入れて、どこに行っても聞いていたものだった。いつのまにかそれが音楽CDの形に姿を変え、さらにmp3フォーマットのファイルを同じくCD-ROMに載せて貸し出されるようになった。この段階では、ダイジェスト版がだんだん姿を消し、一冊10時間程度の全文朗読が主流となった。今でもmp3のフォーマットが基本だが、専用のアプリを利用してアクセスし、図書館にまで足を運ぶような必要さえなくなった。小さなイヤホンを耳に入れて、すでに数えきれないほどの英語の小説を聞き続けてきた。一方では、このような慣習に対して、日本語による内容があまりにも少ないということをなんとも嘆かわしい。日本の出版文化の一端を表しているものだが、音声による読み物の享受にさほど需要がないことは、自分には不思議なことの一つである。

考えてみれば、かなり成熟した読み上げの技術でも、Amazonのようなアプローチが注目を集められたこと自体にはいろいろなヒントを隠している。とぴっきり新しい技術ではなくても、利用の方法を限定し、使いやすいプラットフォームあるいはハードウェアに載せるだけで、かなりのユーザーにアピールできるものとなる。大いに記憶にとどめておきたい。

2018年2月20日火曜日

デジタルを語る

関西大学にKU-ORCAS(アジア・オープン・リサーチセンター)が設立された。キックオフの行事に招かれ、週末にかけて大阪へ出かけ、たいへん勉強になる経験をしてきた。前面に打ち出された領域は、名前が示すごとく「オープン」に重きに置いたものである。典籍資料の所蔵に恵まれ、研究業績にもトップクラスの実績を誇る研究機関である。そのような研究者の集合が、しっかりとつぎなる一歩に力を合せ、具体的なアプローチについてもきわめてオープンな構えを見せていることはとても印象的だった。ここに、開かれた研究の基盤になるものとして、自ずとデジタルにスポットライトがあたった。

二日にわたる講演のテーマを一覧すればすぐ分かるが、じつに多彩な分野からの研究者により、異なる問題意識のもと、それぞれの実践の結果や現状への考察が語られていた。それらの一つひとつにじっくり聞き入り、得るところは多かった。一方では、与えられた45分の発表には、いま脚光を浴びているIIIFを取り上げた。リソースの公開や現行基準の向上に第一線で尽力している研究者に対して、あくまでも一利用者という立場を訴え、個人的な疑問まで投げかけてみた。強烈なビジュアル上のインパクトに押され、IIIFの可能性はなかなか捉えきれていない。IIIFとは即最高画質のデータを意味しない(満足できない画像でもIIIFに乗せられている)、同じ典籍のデジタルデータの取り直し、公開者の都合によるリソースの持続など、素朴な不安を持ち出した。これらの質問に対して、情報学の立場からの回答はじつに興味深かった。「データは大事」、言い換えれば上質なデータなら環境が追ってくるという心強い励ましと、「DOIも二十年近く続いたから」(Digital Object Identifier、2000年から実施)、つまりいまの勢いならIIIFはしばらく安泰という、いかにもデジタルの「中の人間」ならではの観察と立ち位置からの発言だった。

もっぱら画像資料におけるIIIFの意味と利用について考えてきたのだが、しかし音声、動画への対応がすでに具体的に検討され、開発されているとのことが報告された。考えてみれば、画像データと同じく、音声も動画も一つのデータセット(続き)の中に立ち入ってアクセスするような需要は厳然と存在している。ただ、実現すれば、IIIFという名前は相応しくなくなる。「I」が一つ消えて、「M(Media)」に取り替えられるという展開なのだろうか。

東アジア文化研究の新しい地平

2018年2月10日土曜日

キラキラネーム

日本語作文クラスの出来事である。日本語はいまだけっして自由な境地に至っていない、語彙も限定されている学生たちだが、漫画やアニメの話になると、俄然自信のある態度を見せ、「六道骸」やら「雲雀恭弥」やらの名前を並べて、「ろくどう・むくろ」などはっきりした口調で教えてくれた。まったく予備知識を持たない教師のこちらは、あっさりお手上げ状態だった。

かつてはいわゆるキラキラネームのことが盛んに議論された。新聞記事などで紹介された「今鹿=なうしか」、「首相=キャプテン」などの例は強烈的だった。一度は小学校に足を踏み入れて子供たちの名前のリストを見たら、「陽起=ひお」、「紫記=しき」、「海闘=ゆう」など、内心ほとんど絶句だった。どうやらこれだけではまだまだ人名についての可能性が尽きたにはほど遠い。漫画やアニメのような最初から仮想を前提とする世界になると、名前の付け方は一層活発的で、奇想天外なものになってしまう。日本のことに関心を持ち始めたずいぶん昔のころ、中国人の二文字か三文字の名前に比べて、三文字か四文字の日本人の名前のほうは、バライティーがあって誤解が少ないのだと思っていたものだ。どうやら物事は誤解などのレベルでは終わらない。人名というものは、時代の文化や価値観を映し出し、想像や創造による独特的な世界とも緊密な関係を持っていることも見逃してはならない。

学生たちの作文は今週で五週目に入る。今年も個人的な体験などに基づく精力的な作文が並んでいる。遠くカナダにいて、日本にこの上ない関心を持つ若者たちのあり方の一端を探るという意味でも非常に読み応えがある。暇な折にはぜひ覗いてください。

日本語作文ボード

2018年2月3日土曜日

神々の姿

神様は、中世の人々にとってより近い位置にあったとよく言われる。このような言説の論拠やそれが示す着地はさておくとして、神々の姿をビジュアルに表現するにあたっての苦労や工夫は、やはり興味深い。手元に開いている「融通念仏縁起」の一段は、まさにそれを考えさせてくれる好例である。

同絵巻上巻第五段は、良忍に結縁の名帳が授かるとの奇跡を描く。諸天冥衆の名前が詞書に文字で記され、そしてその中の代表的なものが絵に姿を見せる。ここに、絵のほうに目を凝らして眺めれば、仏土の明王、天女、竜王に続き、日本諸国の神々が一斉に登場してくる。ただし、前者の、仏画や仏像に由来した躍動するイメージ群と明確に一線を画して、日本の神様は、すべてそれを祀る建物の景観に統一した。それらの様子はじつに叙事的だ。梅が満開する北野、猿が戯れる日吉社、海の上に社殿を構える厳嶋、川に面する賀茂社などなど、しっかりと建物の特徴や環境が捉えられて、そして塔頭が添える祇園、山の奥に隠れる稲荷などは、今日とは異なる昔日の様子を訴える。ただ、ここまで描写しても完璧に情報が伝達されたと思えないと覚しく、それぞれの建物に分かりやすい文字の注記が書き加えられている。(写真は清涼寺本より)

一連の神社のなかに、春日、伊勢、北野はいずれも鳥居にスポットが当たる。これも二週間前、京都での研究会で交わされた話題の一つだが、近代日本文学英訳の表紙には、鳥居が多く見られ、しかもその一部は内容とまったく無関係で、あくまでも日本の記号として用いられたのだった。ビジュアル表象として鳥居は、その根が思う以上深くて長い。

2018年1月27日土曜日

二つのビデオサイト

先週、二つほどの特設サイトを公開した。一つは「カナダ日本語ビデオコンテスト」、もう一つは「Old Japan Redux」である。ともに学生たちのビデオ作品を集めたものである。前者は、カナダの七つの大学からの教師が力をあわせて企画し、実施したものであり、後者は日本歴史の授業を受講する100人近い学生たちの宿題から選んだ優秀作品集である。

二つのサイトは、学生たちにビデオ作品を発表する場を与えるということで共通している。発表と言えば、実はこのようなサイトを企画・作成するにあたり、もうすこし一歩進んだ考えを個人的に持っている。今の技術では、ビデオ作品など作ってしまえば、誰でもさほど苦労せずにそれを広く世の中に送り出すことができる。しかしながら、作者本人の手で公開することは、簡単なだけに、作品を第三者の目で選択、判断するプロセスが存在せず、そして本人がさらに手入れをしたり、ひいてはなんらかの事情で作品そのものを取り下げたりすることはつねの可能であり、視聴者の立場からすれば、一種の不安が伴い、安心して利用することはできない。在来の出版に準えて考えてみれば、対象のものを選び、さらに一つの完成形を持たせてこれ以上内容を変えないという二つの側面は、個人による公開では手に入れることができなくて、第三者の立場から行って初めて可能になったものである。

一方では、伝統的な出版にそって考えるならば、編集、すなわち作品をよりよくするためにさらに修正したりして改善させる作業は、今の二つのサイトには取り入れていない。言い換えれば、良い作品を選び、それを薦めることは、現時点の到達であり、それをさらに向上させる方途は、今のところまだ見出していない。

カナダ日本語ビデオコンテスト
Old Japan Redux

2018年1月23日火曜日

歌占い

週末にかけて京都大阪で3泊してきた。今度もまた弾丸旅行となったが、久しぶりに共同研究の集まりに参加し、多彩な分野の研究者との交流を通じて、いろいろな収穫を得た。交わされたキーワードには、翻訳、ブックカバー、俳句英訳などがあり、魅力的なものばかりだった。その中から一つ選ぶとすれば、迷いなく「歌占い」をあげたい。

発表者は、中世における歌占いの様子を豊富な資料を駆使して丁寧に掘り下げる一方、それにはとどまらず、かつて遠い昔に行われていた占いの実践を、今の大学の教壇で再現し、学生たちに古典を教える方法として利用した実践を報告した。考えてみれば、今日の多くの大学生にとって、古文とはもう一つの第二外国語にほかならず、古典に語られた情報、そこに託された常識や価値観は、さしずめ一種の異文化だと言ってもいいすぎではない側面はある。そこで占いといういまでも体感できる行動を若い学生たちに古典との接点として提示し、他人に占ってあげることをもって習った知識を確認し、アウトプットして語らせる、まさに外国語学習の基本的なやり方を古文に実践しているものだ。一方では、懇親会の席上で交わされた会話の一つは、違う意味でまた興味深い。ある外国からやってきた人類学の研究者は、自分の国では大学の教壇で学習内容として学生に占いをさせるということはまったく考えられないとしみじみと述べた。そう言われてみれば、占いそのものへの日本社会の常識に改めて気付かされた思いがした。

京都に向かう電車の中で、対面の座席に座った二人の大学生らしいカップルの振る舞いは、まるで絵になっていた。派手なファッションに身を固め、それぞれ高級そうなスマホを手にしていながら、コンビニから買ってきたと思われる一個のお握りを代わりがわりに齧りつく。まさにそのような学生たちに古典への親しみを抱かせようとしているものだ。占いって、きっと有効に違いない。

歌占カード

2018年1月13日土曜日

ワールド・カフェ

新学期が始まった。今年は小さなクラスを一つだけ担当し、少人数の学生を対象に日本語の作文を教えることになっている。一方では、さまざまな行事が重なり、違う意味で慌ただしく、日程があっという間に埋まった。その一番に、「世界日本語教育ワールドカフェ」に誘われて、昨日の夕方参加せてもらった。

行事には、なんと15の国から60人近くの人々が一堂に集まった。事前連絡などに使われた時間は、すべて日本時間に統一したところに、グローバル的な色合いが極端に現われている。組織者たちの献身的な企画と準備のおかげで、「カフェ」が非常にスムーズに運ばれ、じつにたくさんのことを学んだ。チェックイン、ランドル、ハーベスト、はたまたグラフィックレコーディングなどなど、すでに繰り返し試みられたであろうと思われるやり方が次から次へと繰り出され、ここで初めて出会った語彙をあげても長いリストとなる。そして何よりも交わされた話題や参加者たちの発言から考えさせられるものが多く得られた。日本語教育という共通したキーワードのもと、世界の状況が語られ、新しい人たちと出会い、バーチャル世界での可能性に改めて新鮮な驚きとささやかな感動を覚えた。

時を前後して、同じく日本語教育の方面からもたらされた話題があった。音声入力が著しく進化したとのコメントに接し、自分も試したくなった。さっそくパソコン、スマホなどでの対応環境を整え、このエントリはその最初の試みなのだ。結論から言うと、大いに満足のできるものである。長年のタイプしての文章作成からの隔たりは思うほど大きくなく、なによりも変換の正確さにはわくわくさせられた。どうやら現在のところ句読点の入力にデフォルトでは対応していない以外、これといった不便をとりわけ感じていない。いまこの瞬間、あるいは大きな一歩かもしれない。

音声入力しながら音読して発音チェック

2018年1月7日日曜日

ビジュアル・テキスト

日曜日の朝、短いハワイへの旅行から戻ってきた。今学期の講義はいよいよ明日から始まる。年末年始を締めくくる慌ただしいスケジュールの中、直行便七時間、時差三時間離れた島への五日間は、仕事再開へのよい助走となった。

旅の理由は、とある小さな学会への参加である。デジタル環境と日本の古典研究を語ってみたのだが、集まりのテーマは学校教育、しかもかなり国際色豊かなものだったので、自分の立ち位置との関連をさほど期待していなかった。しかしながら、その中でも意外に勉強になったことが多かった。その一つには、ネット・ライニングを取り上げた研究で訴えられたテキスト情報についてのビジュアル的なアプローチである。現在のネット環境での双方向の教育活動において、どうしても文字情報の占める割合が高い。それについて、発表者は文字のビジュアル性の大切さを強調した。そのように言われてみれば、発表スライドの作りも、文字の配置、サイズ、カラーなど丁寧に対応していることが分かる。運筆、勢い、フォントの選択など、文字そのもののビジュアル様子にばかり注意を奪われがちだが、デジタル環境での文字の使い方を忘れてはならないと気付かされた。

数えてみれば、前回ハワイを訪ねたのは1996年。あの短い旅により、自分の研究には掛け替えのない縁が無数に結ばれた。あの時に参加した学会の記録は、いまだ組織機関のサイトに残っていてアクセスできる。末席に座らせていただいたラウンドテーブルのタイトルには、なんと「ビジュアル」、「テキスト」などのキーワードがしっかりと入っている。さすがに「デジタル」がなくて、代わりに「コンピューター環境」とあった。しみじみと見入った。

IAFOR International Conference on Education

2018年1月1日月曜日

戌歳賀正

謹賀新年。

戌年を迎えた。雪が降り積もり、冬一番の寒さが続いている。「紅白歌合戦」を眺め、ゆっくりと流れる時間に身を任せている。

干支は変わり、思いはつい絵巻に馳せる。絵の中の犬、探し求めて改めて気づくが、たしかに人間の暮らしの中に早くから入ってきているが、昔はかなり様相が違っていた。餓鬼の仲間となる犬(「餓鬼草紙」)、琵琶法師に吠える犬(「慕帰絵詞」巻二第二段)、そして門のうちにはいるが、修行者を追物射する行動に飛び出そうとする犬(「男衾三郎絵詞」第二段)などなど、どれも今日の感覚からかなり離れたものばかりだった。犬同士がじゃれ合い、それが人間の慰めとなるような構図は、どうやら浮世絵の時代を待たなければならない。ただ、その中で特筆すべきなのは、やはり「十二類絵巻」に描かれたそれだろう。堂々たる風貌を誇り、着物姿で歌の席に正座する。とりわけ国文研蔵の模写がいい。元の絵をそっくり再現することに過剰に気を遣うことはなく、むしろ描く人の思いが込められた、清々しい。

それにしても、動物たちを主人公に据え、和歌だったり、合戦だったりの場に引き連れ出さなければならない理由、それを実現するための情熱は、どこから来たのだろうか。秋ごろに予定されているシンポジウムに向けて、課題の一つとしたい。

鳥獣絵卷」(国文学研究資料館蔵)