2018年8月11日土曜日

楹はどこに

かつて「帝鑑図説」のことを高い関心をもって追跡したことがある(「王妃と帝鑑」)。しばらく前、近畿大学図書館が所蔵資料をデジタル公開し、その中にあの秀頼版の二冊も含まれていると知って、思わずアクセスしてみた。この本に収録されているストーリは、中国で教育を受けてきた人ならどこかで聞いたことのあるようなものばかりだ。ただ、絵となればそう簡単には言えない。じっくり眺めてみてやはりあれこれと気付かされることが多い。

たとえばこの一枚、「賞強項令」である。饒舌な画面は、主な人物である「漢光武」「董宣」「湖陽公主」三人の名前を丁寧に添える。物語の内容は、みずからの手で罪人を殺した臣下の董宣が罪人を匿う公主の非を詰り、帝の謝れとの命にも従わず、しかしながらかえって奨励を受けたという内容である。物語のハイライトは、潔白を訴えようと、董宣が自殺しようとするところである。その方法とは「以頭撃楹」とあった。「楹」とは柱のことであり、同書の原文も、続く「解」の部において、そのまま「以頭撃柱」と分かりやすい言葉に置き換えている。しかしながら、絵のほうを見れば、楹の姿はどこにも見当たらない。柱はあっさり消えて見当たらない。欄干には複数の柱が存在するが、それらはそもそも「楹」と呼ばれるものではない。このような物語の肝心なところに関わるビジュアル内容でも、絵は平気に無視し、読者も大して違和感を持たないことは、なによりも興味深い。

近畿大学図書館のデジタル公開は、IIIFの規格に則っている。わずか数年前に案出されたIIIFがここまで普及されていることには、目を見張るものがある。そして、古典籍のデジタル利用はここまで用意されているのだから、これを利用した有益な研究がもっと現れることを祈りたい。

『帝鑑圖説』(張居正・呂調陽撰)

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