明時代の画像資料をあれこれと探ってみるうちに、つぎのような短い記述に出会った。どうも演義小説を論じる学者の中で繰り返し引用されたもののようである。明の後期(十七世紀初頭)に刊行された「禅真逸史」という南北朝(五世紀初頭から六世紀後半)時代を背景にした小説に添えられた八項目にわたる解題内容の一つである。
図像似作儿態。然史中炎凉好丑,辞绘之,辞所不到,図絵之。昔人云:詩中有画。余亦云:画中有詩。俾観者展卷,而人情物理,城市山林,勝敗窮通,皇畿野店,无不一覧而尽。其間仿景必真,伝神必肖,可称写照妙手,奚徒鉛塹為工。
現代日本語に書き直したら、およそつぎのような感じだろうか。
絵は、幼稚に見える。しかしながら、世の中の浮き沈みや善悪を、言葉をもって著わし、伝えきれないところは絵をもってそれを描く。昔の人なら、詩の中に絵があるとよく言うが、我はそれに倣って、絵の中に詩があると言いたい。これを観る者は、頁を披き、人情道理、都会や山林、勝敗応変、中央や地方、市場や店舗の様子などすべて一覧してしまう。とりわけ自然を絵いて迫真のこと、人間を伝えて巧妙な出来栄え、まさに一流で、ただの活字を並べ変えたり、版を刻んだりするような工匠の域を遥かに超えたものだ。
絵の役目を解説して、それが言葉と絵との相補完する関係にあるものだと真正面から取り上げることには、感嘆を禁じえない。この解題を書き残した出版者の名前は夏履先、号は心心仙侶。杭州で書肆を営んだということ以外、かれについてさほど伝わっていない。おそらく一介の地方文化人にすぎず、独特の見解で世を驚かせるような存在ではなかったのだろう。その目で読めば、叙事の絵を述べながらも、「詩・画」との数百年も前の言説を繰り返すのも、いささかの陳腐を感じさせた。ただ、あるいはそれだからこそ、ビジュアルの表現を世の中の常識になったと、いっそう教えてくれているのかもしれない。
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