2008年11月8日土曜日

ノルマン軍団の饗宴

先日、職場の同僚が中心になる研究交流の場において、絵巻のことをめぐって一つささやかな発表をした。その中でいただいたコメントの一つに、フランスの国宝である「バイユーのタペストリー」のことを教えられた。研究書もこれまで多数刊行されて、あきらかに西洋文明の大事な一つだが、わたしにはまったく知らなくて、非常に新鮮な世界だった。

「バイユーのタペストリー(The Bayeux Tapestry)」とは、ノルマンディーのバイユー大聖堂に所蔵されているタペストリー(言葉の意味はつづれ織り、ただしこの作品の作りは刺繍)、幅50センチ、全長70メートルにおよぶ作品である。イギリス王室の開祖であるウィリアム一世の率いるノルマン軍団が1066年にイングランドを侵攻し、支配に治めた経緯を描き、その同時代において制作したものである。長大な作品は、戦争を中心に据えながらも、さまざまな状況や場面を描きこんでいる。貴人の婚約、主従の誓約、落城の瞬間、船隊の渡海、平民の殺戮、そして目まぐるしいほどの戦場の死闘、言ってみれば戦争を表現する日本の絵巻の数々の名作と共通するテーマを扱い、ひいてはかなり近似する絵画的表現の着想まで覗かせている。

インターネットでは、全画面の写真はいくつかのサイトで公開されている。それらにアクセスして、思わず美しい画面を見入ってしまう。一例をあげてみよう。これまで絵巻に描かれた食事の様子、とりわけ戦場における食事のことに注目してきた。そこで、ここにはノルマン軍団の中で、開戦を目前にした大きな饗宴のことが描かれた。一連の絵画に記入された文字は、およそつぎのような内容である。(原文はラテン語により記され、ここはそれの英訳に基づく。)

「食事が料理されるところ」
「召使たちが料理を用意するところ」
「王や兵士たちは食事を取り、司教が食べ物とワインを清めるところ」

これに対応する絵は、兵士たちが武力を使っての牛、豚や羊などを入手することから描き出し、大掛かりな鍋を火に載せて料理し、召使たちがそれを皿に盛り付けたり、串に刺したりしててテーブルに並べる。そしてまさに饗宴の始まりだ。大勢の人々が大きなテーブルを囲んで、談笑しながら食べ物、飲み物を口に運び、無数の食器やナイフ、フォークなどが目の前に広がる。片足を跪いた召使がスープのようなものを運ぶ。

西洋の絵画では、豊かなストーリを一枚の絵に集約させて表現する伝統が長い。それに対して、一連の連続する絵を用い、それも文字まで記入して延々と展開する出来事を表現する「バイユーのタペストリー」は、まさに西洋の絵巻だ。文字の流れる方向に沿って、絵巻とは逆の、左から右へと展開していく絵を眺め、まさに感動の連続だ。

ちなみに、熱心な愛好者は、作品の全体を動画に作り直して、YouTubeにて公開している。とても精巧に出来ていて、楽しい。併せてここに紹介したい。

The Bayeux Tapestry(絵の全容)
A Guide to the Bayeux tapestry(ラテン語の英訳)
バイユーのタペストリー(日本語の解説)

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