2009年5月2日土曜日

猪に縄を掛けよ

今週一週間、世界を走りまわり、人々を翻弄した言葉を一つあげるとすれば、「豚インフルエンザ」にほかならない。警告、予防、伝染の実例、はてや航空便の取り消しや乗客の呼び戻しと隔離、まさに神経を尖らせるものだった。

言葉を眺めた。この新種のウイルスを英語では「swine flu」という。日本語で報道を聞いたあと、英語での表現に「pig」が用いられるかなと、疑いながら会話から聞かされたもので、最初はとんだ勘違いをした。鳥のつぎは白鳥(sman)か、まるでダジャレなネーミングじゃないかと。

会話の中で「swine」が登場しないわけでもないが、辞書では、文語の表現だともある。そういえば、ブタの誕生はいざ知らず、日本語では、「シシ」だった。それもその昔、『万葉集』にすでに詠まれていたものだから、付き合いの歴史が長い。「嶺に臥す鹿猪」(3428)や、「射ゆ猪鹿」(3344)と、長閑な雲の下に山の峯々にのんびりと寝そべったり、あるいは飼われるのではなく、人間に格好の狩猟の対象となったりした猪たちが、それ自身が古代の風景の一つだった。

思えば、山の中で昼寝をする猪たちは、きっと木陰や岩の陰を求めていたに違いない。たしかにその通りのものは、絵巻の画面に確認することができる。『法然上人絵伝』(巻三)には、比叡山の仏堂の下で巨体を隠すまでもなく横になっている二頭の猪が描かれた。そして、だれもがすぐ思い出すのは、やはり『鳥獣戯画』の画面だろう。世の中にペットがあっても、その遥か昔の姿ではなかろうか。それも、その飼い主は大勢のウサギやカエルたちだった。猪は、嘴に縄を掛けられ、毛並みに手入れを受けている。暴れる野獣を馴らそうと、そのような願望は、千年、いやそれよりもっと昔から人間の心にあり、絵師たちの手に託されていたのだった。

一方では、ブタと名乗ったウイルスは、世の中の人々の視線を強烈に集めたが、それもどうやらすでに過去の出来事となった。科学的な見解、それに少なからぬビジネスの事情により、このネーミングは変えられ、時効のあいまいな「新型」、あるいは無味乾燥な番号に置き換えられた。それも日本語、英語、中国語の世界で一斉に行った。目まぐるしく移りかわる言葉の風景の一瞬を、せめて切り取って記憶したい。

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