2021年6月13日日曜日

頸をとる

プリンストン大学デジタル図書館が公開している奈良絵本『平家物語』を眺めた。全三十冊、本文は『平家物語』流布本、絵は半帖と見開きとあわせて二百八十九枚、しかもかなり保存状態が良好で、『平家物語』の享受にしても、奈良絵本の流行にしても、思いに馳せるにはまたとない伝本である。

関心はやはり絵、それも物語の描き方に走る。あまりにも絵が多くて、簡単に纏められない。それならばどれか一つ定点観察をしようと、まずは「鹿ケ谷」を開いた。同じことをめぐり、「瓶子あれこれ」(note)において記した。そこで取り上げたのは、明星大学蔵『平家物語』(デジタル公開)と林原美術館蔵「平家物語絵巻」の二点だった。比較するには格好の対象である。ともに物語の内容を再現しようと真剣に取り組んだと見られるが、しかしながらその物語の状況の理解において不明が残ったので、その迷いが如実に絵に現われた。『平家物語』が語ったのは、西光法師が「頸をとるにはしかず」と声を上げたうえで、「瓶子の頸をとってぞ入にける」というものだった。おなじ「とる」にしてその二つの意味が微妙に混在した。前者は「もぎ取る」であり、後者は「手に取る」である。これに対して、前出の二点の作に収まった絵を読めば、明星本のほうは西光が瓶子を引っ提げて走り込んだところを描き、絵巻のほうは瓶子の頸が破れたところを法師が喜ぶところを描いた。対してプリンストン大学本は、どちらか一方の状況に従うことを拒み、扇子を手にした法師が瓶子の頸を叩きながらしゃべるという曖昧な構図を取った。三点の絵がここまでそれぞれ異なる物語の読み方を見せてくれていることは、むしろ鮮やかと言いたいぐらいだ。

プリンストン大学本のデジタル公開は、綺麗な撮影、親切なページごとへのリンク、そして英語と日本語との両方の併記など、特記すべきところが多い。一方では、用いたテンプレートは洋書の左捲りに対応するもので、そのためキーボートのキー動きやページ進みの表示バーとの対応は、表示内容と逆になり、理解するまでにはちょっと一苦労だった。

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