2008年8月23日土曜日

衣をかづく

絵巻『福富草紙』の中心テーマは、いうまでもなく屁、あるいは放屁の芸だ。だが、これに付随するもう一つの隠されたテーマがあった。それは今日のそれとはかなり様相が違う衣だ。

もちろん人間さえ登場すれば、きまって衣をもって身をまとう。違う色、生地、スタイルの服は、そのままそれを着る人間の立場を伝えている。しかしながら、贅沢なアイテムとしての衣は、つねに身にするものとは限らない。『福富草紙』において、それを伺わせる典型的な様子は、秀武老人が始めてかれの特異な芸を披露する場に認められる。そこの中心人物は、家族に囲まれた一人の陰陽師だった。りっぱな巻物をはじめとする文房具、豪華な屏風、床に敷いた畳など、もろもろの調度の気品を引き出したのは、無造作に掛けられた一枚の真っ赤な衣だった。まさに主人の裕福ぶりとその高い社会の地位を象徴するものだった。

そこで、秀武老人の一番の晴れ場が繰り広げられた。中将殿の家人に呼び止められ、中将宅に招かれたかれが、大勢の貴人や女房たちに見守られて、懸命に腰を振るって得意の芸を披露した。やがて、大いに気に入った中将殿が、声高らかに「その紅のきぬ(衣)、かづ(被)けよ」と指示を出した。(写真。立教大学文学部図書館蔵『福富草子物語』上巻第九段より)これに答えて、家人の一人が恭しく両手で差し出したのは、まさに紅の衣だった。先の陰陽師宅のものとはっきりと照応していて、それがいかに上等なものか、読者がすぐに気づくはずだ。

絵巻の中で、ストーリーのハイライトは引き続き衣に当てられる。秀武の栄華を見て、福富は、妻に唆されて、同じく衣を狙おうと奮起する。けっきょくは、幸運をひき寄せることが出来なかったどころか、大きな失態を演じて、こてこてにやっつけられた。傷だらけな格好を街中に曝け出しただけではなく、これを遠くから覗いたかれの妻は、「色々の御ぞ(衣)ども、かづ(被)きて」帰ったと勘違いして、歓声を上げながら、古い衣を焼き捨てた。おかげで福富は着る服もないまま震え続けて、また一つ失笑を買う失敗を演じてしまった。

「かづく」とは、「肩に掛けさせる」こと、さらに衣の贈与に関わる表現として、「(賞品を)与える、授ける」ことを意味する。ただし、『福富草紙』において、衣は差し出されたり、頭に載せられたり、あるいは床において広げられたりしたが、人の肩には一度も乗せていない。しかしながら、たとえば平安時代の説話などでは、褒美に衣をもらって、鷹揚した格好で内裏から戻ってくるとの描写が多く登場した。画像に描かれたものとしては、『後三年合戦絵詞』に、地方の武士次任が義家から紅の衣を授けれるとの場面があり、衣がまさに肩に掛けられていた。

「衣をかずける」という、王朝文化におけるいたって象徴的な表彰や贈与の儀礼が、秀武・福富という一篇の哄笑を伴う物語において、この上ない即物的なものに変身し、その結果、衣が日常生活に引きずり下ろされたと言えよう。

0 件のコメント: