2011年4月9日土曜日

地獄の美女

大学の講義は、今学期の最後の一章を迎えた。テーマは、「春日権現験記絵」から四段。中には、例の狛行光の地獄巡りも含まれる。地獄、それも難しい表現抜きの絵となれば、若い学生たちにも分かりやすい。連想ゲーム的に「西遊記」に描かれた地獄巡りだの、西洋のダンテの地獄だの、一つまた一つと話題が飛び出した。

地獄をテーマにした絵画資料は、洋の東西を問わず、たしかにたくさん作られていた。一方では、画像内容の性格も関わって、一流の、保存されるべきものよりも、大勢の読者に見せるための、いわば消費のためのものが多かった。その中では、春日験記はいうまでもなく格別だ。あらためて絵を見つめる。一段の絵の最後を飾る「剣樹」はとりわけ興味深い。この間の事情を詞書がまったく伝えようとしなかったが、その分、昔の読者にとっては、生活の常識の一部だったことを意味しよう。注釈書などを頼りに、たとえば「往生要集」の記述を披く。女性の様子と言えば、「以欲媚眼、上看罪人」とされ、女性が発した言葉と言えば、「汝今何故、不来近我、何不抱我」と記される。状況も会話も、まるで三流小説に用いられる誘惑文句の定番なもので、この上になく露骨でコミカル、それにどこか滑稽なぐらいだ。

110409そもそも地獄というところには、牛頭馬面の獄卒と、かれらに折檻されつづける罪びとという二つのグループの存在しかない。たとえ妙齢の女性がいたとしても、ぼろぼろの服装をして懲罰の対象とされ、取り乱した振る舞いで普通の人間としての面目も保たない。その中にいて、誘惑の道具として登場したこの美女の姿は、まさに一風変わったものだと言わなければならない。

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