花押をめぐる関心や研究は、文字出自の確定などが中心になっているもようだ。ただ、ほとんどの場合は確証があるわけではない。一方では、どのような経路を辿って成立されたにせよ、慎重に設計され、基本形が真剣に守られていたことから、到達された形そのものがなによりも大事なのだと分かる。そのため、花押の画数と書き順を明らかにすることは、一つの有意義な課題に違いない。そこで、つぎのような試みをしてみた。先週の議論同様、花押の主は足利家時、あの尊氏の祖父にあたる人物である。
まずは、書写の画数を分解して、右の動画を作成した。普通の文字にみる筆の運び方と異なる要素はいくつか認められるが、基本的には一筆で書きあげるものではなく、家時の花押の場合、四画に纏められているとみてよかろう。
いうまでもなく、書の知識などのみを根拠に頼るわけにはいかない。さいわい、同じ人物の花押が複数伝わっている。手書きで、実用的なそれは、互いに完全に一致するはずはない。場合によっては、その差異はあまりにも大きい。「花押カードデータベース」(東京大学史料編纂所)には、家時の花押を約八点収録している。とりわけ文永三年四月 (No.010062)の花押は大きな参考になっている。基本形として用いている文永六年四月 (No.010065)の花押を解読するには、まるでレントゲンを見せてくれているようで、花押の形はなんとも分かりやすい。これに加えて、たとえば円形の書き方の方向なども、はっきりと参照する実例があった。
かつて変体仮名を取り上げるにあたり、筆をなぞえるアプローチを試みた(「変体仮名百語」)。同じやりかたは相変わらず参考になると思われ、ここに添えた。さらに静止画を見つめるためには、画数の順番と筆の方向を同じ空間にまとめる方法を試してみた。
これらのアプローチは、どこまで有効だろうか。さらに同時代の花押を数個試してみたい。そこからはきっと興味深い風景が見えてくるに違いない。そう願いたい。
2019年3月9日土曜日
花押の書き順
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