絵巻『東征伝絵巻』を披いた。あの鑑真和上の事績を記したものである。日本語を習った学生時代から、日本と中国との友好の象徴として鑑真の名前をまっさきに覚えたのだが、絵巻の存在を知ったのはたしか長い学生生活が終わったあとだった。仏法を伝えるためにあれだけの苦難を経験し、そしてりっぱに思いを叶えた経緯は、いつ読んでも感動するばかりだ。
あらためて詞書を読むと、その中の短い一行が目に止まった。遣唐使の船に乗り込み、やっとのことで渡航が実現できたところを記す巻四第六段である。成功した結果が分かっただけに、船に持ち込んだ数々の品物の名前が載せられた。それは「如来の肉舎利三千粒」、「華厳経八十巻」といった、今日の目からしても豪華なものだった。それらのすべてが律宗を広めるための書籍や品物だと思ったら、最後の一点として、「王右軍が真跡の行書一帖」があった。あの書聖だと敬われる王羲之(303-361)の書、しかもわずかな文字にも関わらず、それが模写などではなくて真蹟、多くの書体による作品の中でも行書、大事に仕立てられた形を取っていると、豊富な情報が伝えられた。鑑真和上にとって、約四百年まえから伝わった一点の書とははたしてなにを意味していたのだろうか。一人の宗教人としての、決死の覚悟での伝教活動における書への憧憬をどう読み取るべきだろうか、いろいろと思いを巡らさざるをえない。写真は同じく巻四第六段の前半である。この絵巻は、すでに七年まえにも全巻デジタル化されている。ただ、いま調べたら、オンラインでの閲覧も、なんらかの形での販売も行われていない。じっさいに唐招提寺を訪ねたらなんらかの形で見ることができるだろうか。デジタルの形で利用できるように、一人の読者として切に願う。
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