2011年5月28日土曜日

インターネットアーカイブ

「インターネットアーカイブ」。いまや極普通の名詞を二つ並べた感じのものだが、じつは一つの固有名称だ。去年の秋に一度オンラインの講演録画について記したが、そこで語られたプロジェクトの結果なのだ。短い期間ですでにここまでの規模をもつものになったものだと、感心した。

サイトには、一つのサブタイトルが添えられている。「Universal access to all knowledge」、人類のすべての知識を手に入れる、とでも訳すべきものだろうか。さすがに人類すべてと名乗るだけあって、日本語によるものもかなりの数が入っている。サイトの運営者については、サンフランシスコにあると、関係者全員の顔ぶれを写真つきで紹介されているが、細かな説明を丁寧に読んでいても、はたしてどのような方針で資料を選び、敏感な著作権の対処にどのような方針を取っているのかは、ついに見出せない。それぞれの国々には違う事情があり、簡単に線引きが出来ない、というのがその一番の理由ではなかろうかと推測する。ただし、参加機構の規模には、圧倒される。カナダだけで36の機関がリストされ、しかもたとえばトロント大学だけで25の図書館が協力している。これらの機関が所蔵している資料を電子化した、ということだ。

収録されている資料は、動画、音声などメディアの形態により大きく分類されるが、一番関心をもつのはやはり文字資料だ。収録の規模もさることながら、アクセスの方法は、これまで見てきたさまざまな電子テキストの出版や電子図書館の中で、一番質が高い。オンラインで読む場合は、最小限のツールバーとともに、ページの解像度は画面のサイズにより変わり、しかもアクセススピードは不思議なぐらい速い。PDFファイルも用意され、ダウンロードを支持するどころか、それを推奨するとまで説明にある。およそ400頁の本なら40メガ程度のファイルだから、いまの環境だと、さまざまなリーダーで対応できて、使いやすい。

さっそく飛びついたのは、「続群書類従」や「古事類苑」だった。日本にいれば、ほとんどの大学図書館に備えられていて、書庫の一角に押し入れられているものだが、外国にいると、手元で調べることが適わなくて、ときに苛立たしい思いに苛まれるものだ。ただし、ダウンロードしたファイルを開いて見たら、かなりの部数のものはページ順が逆になっている。洋書とともにスキャンにかけられたもので、文字など一つも識別できないまま作業されたもののではなかろうか。しかも作業が終わったら、トータルな見直しもほとんど施さないで公開しているのかもしれない。あとは、書籍タイトルの掲載や検索には、アラビア語などが原語なのに、日本語の文字は一つも出てこない。なんとも言えない気持ちだった。

Internet Archive

2011年5月21日土曜日

カメラを取り出す

ようやく春になった。庭に座って読書すれば、芝生の手入れをしてあげようかと、近所の若者が大げさな専用機械を押しながらやってくる。もちろん有料だ。じっくり見れば、周りは一日々々と変わっている。つい手を伸ばしてカメラを取り出した。

思えば写真は、かなりの枚数を撮り続けてきた。デジタルを使ってからもたしかすでに14年もの時間が過ぎた。デジタル以前はアルバム、デジタル以後はDVDや専用のハードディスク、整理するだけでどれだけの時間を使ってしまったのか。しかしながら、それでも趣味だと名乗れるぐらい自信を待たない。機能を覚えていても、使うべき時に思い出せないというレベルとんちんかんな失敗をいまでもしでかす。写真をきれいに、はっきりと撮る、構図を端正に構える、楽しい瞬間があればシャッターを切る、という程度のことしか出来ず、実感としてはいくら苦労していてもどうしても見えない殻を破ることができない。

110521写真構図の真髄の一つには「マイナス思考」だとどこかで聞いた。絵を描くなら、内容を一点ずつ加えていく。したがってなにを描くかとの構想で勝負にかかる。一方では、写真となれば、シャッターを押したらレンズの向こう側のものがすべて一遍に入ってしまう。そのために、一枚の写真には、なにを入れないか、写らないように配慮したり工夫したりするかによって、腕前に差がつく。とりあえずこれを自分への一つのタスクとしよう。

2011年5月14日土曜日

中国語語学教育

春学期がようやく始まった静かな大学において、アメリカの研究者を招き入れた交流を週末にかけて行った。ゲストの得意分野は中国語教育。北米で大いに活躍しているとのことで、公私にわたったかなりの会話が出来た。語学教育、大学授業の教育法などとなれば話題が尽きることもなく、あれこれと楽しかった。

これまでのかなり広範囲の経歴などもさることながら、ゲストの方の目下一番の関心事は、どうやらもっぱら本物の学習者の養成と、若い教師を育てることにあるようだ。もともとそちらの職場は、言葉通りの私立貴族カレッジであり、仕事環境も教育理念も学生気質もかなり異なっていて、なかなか簡単に複製することが出来そうにない。でも、それらのことを差し引いても、教育にかける熱気が伝わり、このような話を聞いて、日常の仕事にはやはりよい刺激になるものだ。それから大学という職場に居ながら、初等教育、高校での大学相当科目の設置、運営、審査などに熱心に当たっていることも印象に残った。初等教育となれば、対象が違うだけにアプローチもまったく異なり、そのための発想や対応、極端に言えばそれにかかわる語彙を熟知することから始めなければならないので、とても単なる物好きで取り掛かるわけにはいかない。

ゲストの職場は、同じように日本語やほかの外国語教育の関係者が一堂に集まるものだ。しかも出版の実績などからみれば、それぞれにはかなり似たようなテーマを取り上げていることが分かる。その中で、こちらから何回となく日本語教育と中国語教育のことを持ちかけてぶつけてみたら、つぎのようなコメントが興味深かった。曰く、語学教育において中国語は日本語より10年遅い。でも、アラビア語と比べれば、10年進んでいる。こういう相対的な見方も出来るようなものだ。自分にはなぜか新鮮に映った。

2011年5月7日土曜日

目が合う

今週に入って、職場の日常的な仕事が一段落して、ようやく自分の時間を持てた。しばらくは「清水寺縁起」下巻第五段をじっくりと眺めることにする。例の謡曲「盛久」の霊験談だ。e国宝のおかげで、絵巻の全容だけではなく、思うように画面を拡大したりすることもスムーズに出来て、一枚の絵をどこまでもズームインしてとことん見つめることが可能だ。

110507気づいたことの一つには、「目が合う」があげられる。これ自体すこぶる日本語的な表現だが、図説しようとすれば、いまの画面が最高の実例になるに違いない。さまざまな形で目と目が合った。視線が交差する、視線を投げかける、視線を無視する。じつに豊かで、見ごたえがある。二紙を用いた長い一段の絵の中には、あわせて十二人の人と二頭の馬が描きこまれる。そこで左へと画面を披いていけば、まず目に飛び込んでくるのは、馬とそれを制御しようとする人間との緊張に満ちた見つめ合いだ。このささやかで騒がしい一瞬には、続きの四人の人間と一頭の馬が一斉に見つめ、いわばかれらの視線は人と馬との睨み合いに集合する。さらに画面が進み、武士の処刑という出来事において、当事者の三人を中心に残りの人間がこれを囲む。かれらの中では、二人は互いに視線を交わし、あとは一人だけやや遠いところに位置する人に視線を送ろうとするも、それが完全に無視される。全体の画面ははなはだパターンされた描き方ではあるが、豊かな視線の交差は、なんとも味わい深い。

これらの視線の焦点になったのは、いうまでもなくいまでも首を斬り落とされようとする盛久その人である。かれは一心不乱に読経に耽る。だが不思議なことに、普通ならそれをするために目を瞑るはずだが、盛久はしっかりと両目を見開いている。どうしたのだろうか。あるいは絵師が目の表現にあまりにも夢中になり、眼目の人間のあるべき姿を捉え間違えたのではなかろうか。

e国宝「清水寺縁起」