2017年10月28日土曜日

虚構の絵巻

学生たちと読む古典、今週のテーマは、元雑劇の代表作「趙氏孤児」である。七百年以上も前の作品だが、それよりさらに二千年もまえの歴史文献に構想を求め、それを基にだれでも楽しめる舞台劇に仕上げられたものだ。今日になって文字でしか読めないが、その物語の中心的な展開に絵巻がクローズアップされたことに、少なからずの驚きを覚えて。

劇の主人公は、我が子を犠牲にして、冤罪に消された趙家族のただ一人の子供を救い、育てる。そこで物語の終盤に入り、劇の第四駒(折)において、大人になった孤児にかれの生まれの真実を伝えるために、主人公は絵巻を用いた。もろもろの出来事の様子を絵に描き起こし、それを孤児一人で読むような時間を慎重に用意し、さらに聞かれることに答える形で描かれた内容を語り聞かせる。いわば真実を訴えるには、絵が最大の、疑いようのない道具に使われたものである。はたして孤児が復讐に燃え、そして悪人を捕まえ、処刑するという物語の結末に至る。

虚構の物語のプロットに登場した絵巻、したがって実際には存在しなかったはずだ。日本の王朝文学においても、似たような虚構の絵巻が多く存在していた。それが虚構でありながらも、あるいはそれだからこそ、人々の絵巻に向ける視線をよく映し出していると言えよう。(写真は、2012年に制作された同名の映画からのいち場面。物語に登場した絵巻のイメージを妙に生き生きと伝えている。)

メモ:
ブログ「絵巻三昧」を開設して、今月で十年の歳月が流れた。週一篇と淡々と書き続けてきて、今週の記事は564と数え、読み返せば貴重な記憶や記録がじつに多い。国際交流基金フェローとして立教大学に滞在する間、ブログの仕組みを調べ、タイトルに使う絵を作るなど、試行錯誤しながら違う性格の作業に打ち込んだのは、昨日のことのようだ。このブログのおかげで、多くの友人知人との出会いに恵まれ、さまざまな交流が出来た。心よりありがたく思っている。

2017年10月21日土曜日

デジタル展示・からいと

御伽草子の一篇である「唐糸草紙」を取り上げる特設ページを作成した。底本は国文学研究資料館蔵「からいと」である。これまで、「国文研データセット」(2015年11月)に収められた同底本のデジタルデータを用いて、原文の翻字・読み下し(2016年6月)、全文朗読「動画・からいと」(2017年9月)と、それぞれ違う方法でアプローチを試みてきたが、それらの作業を総点検する形で「デジタル展示・からいと」としてあらたに纏めた。

国文研本「からいと」は、十二枚の絵をもつ。この特設ページでは、これらの絵を基に十二節に分けた。各節では、簡単なストーリ紹介、画像解説、それに鑑賞コメントを用意した。これまで作成された翻字・読み下しと朗読動画は構成の中心となるが、さらに早稲田大学図書館蔵絵巻と国会図書館蔵版本という代表的な二点の底本を加え、それぞれの画像の一部を掲げて、デジタル画像の所在をリンクで示した。

この特設ページの狙いは、急速に普及を遂げているIIIFスタンダードの魅力を体感し、その利用法を模索することにある。とりわけ人文学オープンデータ共同利用センターより公開した「新日本古典籍総合データベース」(2017年4月)において、デジタル化されたタイトルにIIIFマニフェストが付与されていることを受けて、このページの構想を企てはじめた。具体的に言えば、IIIFスタンダードに載せたデジタル画像は古典資料の利用の可能性を与え、サイト構築のためのOmeka、IIIF画像利用ツールのIIIF Toolkitは身近な方法を提供してくれた。ちなみに「デジタル展示」とはまさにOmekaが用いるExhibitsというテンプレートからの着想である。用意された資源と方法に対して、研究者が取りうる行動の可能性を模索し、提示してみようとするものである。

ここに永崎研宣氏に感謝したい。OmekaとIIIF Toolkitとの融合が構想されているとのことは、同ツール公開の今年6月より前の春に氏に教えていただいた。そのあと、実際の利用に向けてさまざまな試行錯誤を経て、ようやく永崎氏からいまのサーバーでの利用許可をいただき、このページの開設が実現できた。

なお、デジタル展示に英語バージョンを用意した。原作の全文英訳は、じつは近隣にあるアルバータ大学から公表されている一篇の修士論文に収録されている。英語のみの読者にもアピールできるのではないかと、あわせて所在のリンクを添えた。

デジタル展示・からいと

2017年10月14日土曜日

産褥の読み方

お伽草子の画面において、出産は繰り返し描かれるテーマの一つである。状況、行動、そして人物が画面から極限までに削られたところ、残された構成内容とは、白い服装と、座った姿勢を取る産婦を囲む、うず高く積み重ねられた専用の空間である。この特徴的なスペースのことを、当時の人々はたしてどう呼んでいたのだろうか。じつはこの答えを求めて、関連の知識を持っていそうな人に会えばすぐ聞いてみている。ただ満足な結果にいまだたどり着いていない。

そんなところ、江戸も後期の書物である「病家須知」のいちページが目に飛び込んできた。すこしヒントになるのではないか思われた。早稲田大学図書館の所蔵がデジタル化されているので簡単にアクセスできた。示された言葉は「産褥」である。絵から判断して、同じ空間のことが示されているとは明らかだ。言葉の読みは、「サンゴの子ドコロ」だった。もともと、この言い方ははたしてこの語彙の読み方なのか、注釈的な説明なのか、にわかに判断できない。同時に「ジャパンナレッジ」データベースからこれを追跡してみれば、「産褥(さんじょく)」はどこまでも現代語の語彙として扱われ、平安時代の文献にみる「産屋」の訳語として頻繁に用いられた。

古典画像と同時代の文字文献とを照合する努力の具体例として、ここにあげた構図や言葉について週末の学会での発表で取り上げた。あわせて学会プログラムなどの詳細を添えておく。

JSAC CONFERENCE

2017年10月7日土曜日

TED@317

日本歴史入門を英語で教えるクラスは、今年五回目の担当となる。今年も定員百人、一時は満員となったが、そのあと数人離れ、いまは落ち着いた顔ぶれとなった。使用する教科書などは変わらず、ほぼ同じ内容の繰り返しだが、毎回はすこしずつ手入れをしたりして改善を続けた。今年は、TEDというスタイル借りての学生発表を試みた。

学生たちに提示したタスクは、TEDを真似した「3分プレゼン」である。テーマは講義リストから選んでもらう。クラスの時間は貴重なので、毎回先着順で2名までとし、それ以外、あるいは最初から講壇に立たない選択をする人は録画して提出させる。内容に独自性を求め、いまの学生には、発表にタイトルをつけるなど基本的なことをむしろ繰り返し強調しなくてはならない。提出の方法は、学内システムの「D2L」を用い、クラス内で共有するため、先生のみ見られる宿題のセクションではなく、全員アクセスできる討議のセクションを選んだ。ビデオファイルのサイズを考えて添付には不安が残り、Dropboxなどの使用をあわせて提示した。集めたものは、さっそくクラス名で登録したYouTubeのチャンネルに集め、公に公開しない方法でクラスに提供することを予定している。

この作業の締め切りは来週の週末。どのような作品が出来上がるのか、仕掛けた本人はむしろ一番わくわくしている。よい作品は、講義の合間に上映する予定だ。さらになんらかの形で傑作コレクションを纏めて公開することも視野に入れたいものだ。