2019年5月25日土曜日

東京2019

今年も東京にやってきた。今度は、新設の日本文化を学ぶプログラムで、滞在期間は二週間、引率担当一人、アシスタント一人、参加者20人というグループである。学生たちを連れて毎日のように東京を歩きまわる。参加者は日本語学習歴不問で、ほとんどは日本との接点はなく、そして三分の一以上は家族以外の人と旅行するのがはじめてという、あくまでも新鮮な視線を持っている若者の集まりである。その分緊張感があって、素直に動いてくれて、とても気持ちの良いスタートとなっている。

はじめて日本を見る、そういう若者の目に映るものは、フレッシュで頼もしい。男組は、朝早起きして、地図も持たずに長い散歩を敢行し、開店の早いスーパーの棚に迷い込み、静かに続く行列の様子をカメラに収めても、会話を仕掛けて聞き出す能力がないままそれの不可解な理由に首を傾げる。コンビニに並ぶ飲み物やおにぎりなどの種類の多いことに驚き、二週間でどれぐらい試せるか指を折って計算する。学生食堂の値段に舌打ちし、渋谷の交差点を眺めて噂の日本に身を置いたことを噛みしめる。学習レポートとして、見たこと、思ったことを一日二回ツイッターで発信することを義務付けした。担当としては、(担当者のアカウントから)それをリツイートしたりして成績判定の方法と決めた。レポート発信のハッシュタグは「#jilc2019」、これも貴重な記録になるのだろう。

なぜか日本に来る度に、小さな地震に出会う。今度も土曜の午後、しっかりと震度5弱に見舞われた。グループSNSで学生はさっそく確認をし、返事を書いて送ったら、それの第一声に、「awesome(この場合、すごい、といったところか)」、と戻ってきた。別の学生と顔を合わせると、生涯最初の経験だと、興奮気味に語ってくれた。日本ならすべて得難い経験、その極端な一瞬だった。

2019年5月18日土曜日

狸の腕

絵巻の読み方、読む楽しみを伝えるために、まんが的な表現を用いてはと、「まんが訳」と名乗って、あれこれと試行錯誤をしている。(劇画・絵師草紙)漫画風の表現と言っても、いうまでもなく無限にあるもので、簡単に正解が突き止められるものではない。

絵画表現にある動きを伝えるのに、どのような表現がありうるのだろうか。一例として、「十二類絵巻」に描かれた詞戦いの名場面を取りあげてみよう。ここに、一つの大胆な対応として、絵巻の部分的な場面を切り出したり、組み合わせたりするに留まらず、絵そのもの中身に手入れをしてみた。強気の発言をする狸が力強く振り上げ、前方を指し示す腕に注目し、その動きを強調した。まんがなら定番な表現法である。もちろんこれにさらにまんが特有の擬態語などまで加えたら、いっそうそれらしく見えてしまうだろう。ただ、一枚の画像の空間には限りがある。余分なものを入れてしまうと、もともとの構図はすでに存在しない。十分に覚悟をしておかなければならない。

デジタル環境においては、画像を変えたりすることは、技術的にはごく簡単になった。その分、表現の自由が手に入れたところで、それをなにが使うのか、どう活かすのか、けっして自明なことではない。表現への模索は、いまから始まるものだ。(画像に用いたのは、国会図書館蔵「十二類巻物」である。)

2019年5月11日土曜日

ロマンス

ここ数日、若い研究者たちの発表を聞く機会が重なった。その中の一つは、近現代における「西遊記」の研究からみる西洋の文学批評理論をめぐるものがあった。クローズアップされたキーワードは、「ロマンス」だった。

文学批評の理論、そして古典文学の翻訳などに使われたロマンスとは、この言葉の古風な意味に基づくものであり、今日において第一義に浮かんでくる恋愛などのテーマにはかならずしも直結していないことは、一通り知っている。現にいまの日本語の使い方としても、「シルクロードのロマン」から「大正ロマン」など、男女の感情に限られない用法は、それなりに頻繁に登場している。それにしても、文学理論におけるロマンスとは、はたしてどのような意味合いだろうか。ついついこのような初歩的な質問をもって教えを乞うような展開になった。戻ってきたのは、期せずしていたって明快なものだった。曰く、旅と善悪という二つの要素をそのコアにしている、とのことである。どこまでロマンスという言葉の古風な意味に合致するかは不明だが、とりあえず一つの手がかりが得たものだ。

中国の古典の英訳では、あの「三国志」のことを「Romance of the Three Kingdoms」がスタンダードになっている。しかしながら、「平家物語」のことをロマンスと捉えられることは、聞いたことがない。はたしてなにか深い理由でもあるのだろうか。(写真は小田急線ロマンスカーを熱心に撮影する人々、2018年6月30日)

2019年5月4日土曜日

花押を動かす

ここ数日、「北条氏花押」と名乗り、動く花押を一日一点送り出している。基本的な考えについてこれまで数回記してきたのだが、それを実際に形にするためには、やはり時間が要る。幸い春コースの本格的な稼働までまだ二週間ほどあり、約束している二編の原稿は意外と早く書き上げたので、これに取り掛かった。かなり苦労したのは、やはり狙う道具にたどり着くまでの試行錯誤だった。

複雑な筆画を動きをもって表現するには、GIF動画しかない。「動画・変体仮名百語」で試した文字の上での描画という方法は、そのまま使えるが、やはりいま一つビジュアルなインパクトが物足りない。そこで、動画制作の模索が始まった。最初に見つかったのは、「Express Animate」というフリーソフト。かなりのところまで対応はしてくれているが、やはり制作プロセスは煩雑で、一つの文字を作るための時間が割に合わない。有料ソフトのうち、「Adobe After Effects」には筆画を表現する特化した機能が用意されていると知ってはいるが、一つのソフトは1GB、パッケージだと20GB、気が遠くなるようなサイズのものだ。ただ調べているうちに、勤務校が購入し、教師全員使用できると分かって、やはりこれを試すことにした。インストールするには、あれこれと困難があって、考えられないようなエラーが連発したが、最後はなんとか動いた。さすがに特化した機能であって、きちんと覚えてしまえば、あとは動画制作にさほど気を使うことなく、筆画の検証に注意を集中させることができた。道具の大切さをあらためて知らされた。

小動画はどれも4秒程度。専用のソフトが使えても、花押に対応させるには、Photoshopを使っての事前処理、そして、最後の仕上がりに「LICEcap」や「Giam」を駆使して、無料ソフトの出番を忘れていない。デジタルをいじる人なら、みんな経験しているような仕事の流儀だろうか。