「音読・日本の絵巻」に新しいタイトルを加えた。『蒙古襲来絵詞』である。
これまでの音読のどのタイトルもけっして「易しい」ものがなかったが、「蒙古襲来」のこの一篇は、詞書との格闘となれば、また格段だった。文字の分量は約9200字、原文と現代語訳の音読は合わせて70分をちょっと超えた。上質な全巻写真、さまざまな研究による翻刻や語彙、段落の内容検討など、基礎的な条件がかなり整備されていると言わなければならない。それに加えて、詞書の原文には人名などの漢字語彙には多くの振り仮名が付けられていることも、声に出して読むためにはなんとも有り難いものだ。
それでも、やはり難しかった。
まず一番に挙げたいのは、詞書に消えてしまったものがあまりにも多いことだ。中世から伝わる絵巻には、詞書の散逸はむしろつき物だが、この一篇はとりわけ違う。なにせ段落ごとだけではなくて、連続して一行に数文字ずつ読めないのだから、およその意味合いが推測出来ても、声に出して読むにはいかにも響きが悪い。
二番目は、その特殊な文章のスタイルだ。かなりの長文にも関わらず、その多くはまるで自分の子孫のために書いたものだとも思えないような、内輪でない人間にはとても伝わりにくい書き方だった。あえて言えば、共に戦場を潜り抜けた者同士、ひいては著者自分自身にしか分からないような内容ばかりだった。分かってもらうという意識の希薄さと、膨大な作業を経ての絵巻の作成という行為との距離は、いったいどのような精神構造に支えられたのだろうか。もともとそのような困惑に襲われながらも、声で伝えるということを考えれば、文字よりは音のほうがいく分読者に届けやすいのではなかろうかとも思った。もちろん、それは音読するこちらの理解が間違っていなければの話に限るものだが。
このタイトルの作成に大いに助かったのは、全巻にわたる現代語訳がすでに施されたことだ。大倉隆二氏の『蒙古襲来絵詞を読む』(海鳥社、2007年)である。インターネットに公開されている情報を辿って、唐突に著者に連絡を取ったところ、さっそくのご快諾が届けられて、感謝に堪えない。努めて翻訳文を変えないで、読むための情報(注釈的な人名や年号、語彙単位の言い換え)を一部省略して朗読した。著者の意図を大して背かなかったことを祈るのみである。
最後に、技術的なことを一つ記しておきたい。詞書の掲載は文字テキストによる縦書きに拘ってきた。しかしながら、安心して対応できるのはいまだ「Internet Explore」のみ。日増しにユーザーを増やしている「Firefox」、「Chrome」などへの対応の方法もあれこれと報告されているが、どれも便宜的なもので、ブラウザーの更新には対応しきれない。仕方なく「Internet Explorerにて縦書きの詞書をご覧ください」との一行を加えた。
音読というささやかな試みは、名作の絵巻が楽しまれ、勉強や研究の場でもすこしでも役立てればと願う。
音読・蒙古襲来絵詞
2009年7月18日土曜日
音読・蒙古襲来絵詞
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