現代映画の「ホラー」「パニック」を題材とする作品群を持ち出すまでもなく、ビジュアル表現の世界では、残虐、そしてそれによる恐怖は、つねに重要なテーマの一つである。ことは中世の絵巻においても、例外ではなかった。
絵巻を披ければ、背筋をぞっと寒気が走るような画面にはよく出会う。それも心の用意がないほど、受けた衝撃が大きい。
例えば、この画面は東京国立博物館所蔵の『後三年合戦絵詞』(中巻第五段)
からの一部である。表現されたのは、平安時代の後半、東北の地に繰り広げられた戦争の状況である。源義家の軍勢は清原武衡・家衡を囲み、城を落とすために悪戦苦闘を展開していた。囲まれた一方は、リスクを減らそうと女や子どもを城の外に送り出し、囲む方は兵糧攻めで一日でも早く結果を出そうと、彼女たちを城の中へ追い返す。そのための対応で武士は武装をしていない女性や子どもをその場で切り捨てにして見せしめにする。地面に打ち伏せになった花模様の服の女性はいまだに両手や両膝に力をいっぱい入れていながらも、首はすでに体から遠く離れたところにあった。右側には一人の武士が長い刀を振りかざしている。その下に、女性の右手は黒い服から大きく伸ばされているとしか分らないが、じつはこれは絵の具の剥落によるもので、この部分を対象にしたいくつかの近世の模写本を見れば、この女性は頭を縮め、しかも左手で赤ちゃんを抱いている。まさに地獄さながらの光景だ。
注目したいのは、ここに描かれている絵は、同時代に多く作成された地獄絵、地獄めぐりのストーリなどと根本的に違う。いわば絵師は想像に頼る、空想を愉しむような姿勢を見せていない。それよりも、あくまでも乾燥しきった筆遣いをもって、クールなまでの視線を正確な構図に託したものだった。それだけに、よけいに読者の心を揺さぶる力が漲っていると感じさせる。
恐怖はあくまでも個人の感情である。そして、残虐の内容もありかたも、それへの受け止め方も、時代に従い変貌する。話が飛ぶが、現代の映画に極端に象徴されているように、恐怖が娯楽の一角を占めるようになったというのは、これまた平和な世の中における、いたって現代的な文明の現われの一つだと言えよう。
東京国立博物館・名品ギャラリー
2008年1月19日土曜日
残虐とは
Labels: 画面を眺める
2008年1月16日水曜日
「宮廷のみやび」展を見た
東京国立博物館にて開催されている「宮廷のみやびーー近衞家1000年の名
宝」展を見てきた。平日の午後という時間台だったが、それでもすべての展示の前に一列あるいは二列の観衆が集まり、ゆっくりとした移動に従わなければならないほどの賑やかな会場だった。
展示されたのは、京都にある、世にも名高い陽明文庫のコレクションの数々の名品だった。歴史や古典に関心をもつ人なら誰もが舌を巻くような一流品ばかりが一堂に集まり、その眺めはまさに壮観だった。広い四つの展示ホールをいっぱいに飾った200点を超える展示品は、平安、鎌倉、室町と江戸と、千年の歴史に亘り、作品の内容も、日記、書簡、和歌懐紙、屏風や工芸品と、豊富なジャンルを揃えた。とりわけ「御堂関白記」(国宝)、「春日鹿曼荼羅図」(重要文化財)、「大手鑑」(国宝)、「五絃琴譜」(重要文化財)など、教科書や美術全集によく見掛けられる作品は、実物の迫力が違う。そして、重要文化財か重要美術品の、いずれも鎌倉時代伝来の七点の刀は展示の一角を占める。普段持たれている公家の代表としての藤原家のイメージ、しかもこの展示が訴えている「宮廷のみやび」からはかなりかけ離れたものとして目に映った。なお、今月に豪華版で出版される「宇治拾遺物語絵巻」も二巻ほど開かれて展示された。
一方では、展覧会を見て全体として受けた印象は、文字資料の多いことだった。これは陽明文庫のコレクションの性格というよりも、展示を企画する主催者の選択の方針によるものだろう。半分以上の観衆は、音声案内を購入して熱心に聞き入っているが、その紹介も全体の展示品の一部にすぎない。それに対して、一つひとつの展示品についての紹介は、あまりにも簡略でそっけない。展示品の下に小さな文字での翻刻を添えるだけで、翻訳や説明どころか、現代文字遣いへの置き換えさえ施されていない。いつもながら熱心な観衆の文化教養のレベルの高さを感嘆しつつ、たとえば若い学生や、時代や社会のことをもっと知りたい人々のためにもうすこし詳しい情報が提供できないものかと、おもわず首を傾げる思いだった。
宮廷のみやびーー近衞家1000年の名宝
展示作品一覧
宇治拾遺物語絵巻
Labels: 展覧会へ行こう
2008年1月12日土曜日
増裏・ましうら
約十年ほど前に放送されたあるテレビ番組を録画で見た。内容は、アイルランドのダブリンにあるチェスタービーティライブラリーを紹介しつつ、同ライブラリーが所蔵する絵巻を日本で修復するプロセスを記録したものだ。数百年前に作製された絵巻をもともとの一枚の紙にまで解体し、その上、改めて一巻の巻物に仕立てなおす。表装師の腕前は、まさに神業と言うほかなかった。長い年月の洗礼を受けた絵が、そこまで蘇られるものだと、まさに目を見張るものがあった。
テレビ番組は、修復の過程を丁寧にカメラに納めた。そして、ナレーションが豊富な情報を教えてくれる。その中では、絵巻の解体や古い表装を取り除く作業について、裏打ちが普通三回施されることを触れて、「総裏」「増裏」「肌裏」という三つの言葉を交えて、それぞれの取り除く方法、取り除いたあとの結果を見せてくれた。とても珍しい眺めだった。
裏打ちに関係するこの三つの言葉には、しかしながらまったく知識を持っていない。さっそく辞書を調べてみる。手元に使っている国語辞書は『広辞苑』『国語大辞典』『スーパー大辞林』、そして百科辞典は『世界大百科事典』である。結果から言うと、「総裏」だけ洋裁の用語として収録されていて、あとの二つの言葉はいずれの辞書も取り上げていない。しかも、あのポピュラーなウィキペディアでさえ、いまの時点ではこれを収録していない。
いうまでもなくこのテレビ番組が三つの言葉を拵えたはずはない。調べ方を変えて、違う方法でインターネットで調べたら、つぎのサイトにたどり着いた。以上の言葉が一つのセットになって取り扱われ、しかもそれぞれの解釈がたしかに載せてある。
思えば、このような言葉は、あくまでも表装を職業とした人々たちの間で交わされたもので、一種の業界用語である。そのような専門的な分野の言葉を、あえて専門以外の人々に持ち出して聞かせる。しかも無意識のうちにそのような用語の使用を通じて、伝えようとする内容に権威を与えようとする言葉使いの慣習が、とても日本的なものだとなぜか強く感じた。
掛軸の製作工程
Labels: 絵と巻物のからくり
2008年1月8日火曜日
五百五十年前の絵巻鑑賞
その昔、絵巻はどのように人々に楽しまれていたのだろうか。とても魅力的な質問である。
たとえば、つぎのような記録が中世貴族の日記に残されている。
時は室町時代中期の嘉吉2年、西暦1442年、場所は京都、主人公は中原康富である。康富は朝廷政治の中で低い地位にある官吏(正六位上)であり、役目は外記(げき)局での朝廷公事の記録や補佐である。そのような公式な仕事の傍ら、豊富な漢文の知識を生かして、貴族の弟子たちを対象によく家庭教師を引き受け、生活の補助とした。その教え子の一人は、伏見宮貞成の第二王子の貞常親王である。この貞成は時の後花園天皇の実の父親であり、貞常親王は天皇の実の弟であった。
そんな中、夏のある日、康富は友人宅を訪ねたら、そこでは思わぬ絵巻鑑賞会が開いていた。康富の友人でもある諏訪忠政という人が、家に伝来したものを自慢げに持ってきて、みんなの前で披露したのである。康富は興味津々とそれに参加した。絵巻のタイトルは「諏訪明神縁起」である。だが、康富はその場の主客というわけではなく、半分ぐらい見たところですでに夜更けになったということで、鑑賞会がお開きとなった。半分しか見られなかった康富はただ残念でならなかった(6月11日)。
数ヶ月経った冬のある日(11月26日)、家庭教師の場に生徒のお父さまが現われてきた。この人の絵巻好きというのは、どうやらかなりの評判だったらしく、ご機嫌を取ろうと、先の絵巻鑑賞のことを報告した。はたして貞成がかなり興味を示し、一度借りてきてご覧に入れようと、康富がその場で約束した。
二日あと、忠政の来訪を受けた康富は、さっそく上の経緯を伝え、貸してもらう約束を取り付けた。師走に入り、12月1日にはさっそく上等な唐櫃に入れられた絵巻が持たれて来た。ただし忠政に取っては、たとえわずかな数日とは言え、絵巻を手放すということは一大事だった。それを形にするために、わざわざ長い念書を添えた。要するにこれは自分に取ってはたいへん品物なので、確実に返却があるようにとの念押しだった。康富はもちろん承知し、そのまま忠政に伴って、一条東洞院にある伏見宮の邸宅にこれを持っていった。実際に絵巻の閲覧が適えられた貞成は思いのほか嬉しくて、その場にお礼として金覆輪の太刀を一振り忠政に与えた。
一方では、この絵巻閲覧の仲介を苦労して働いてくれた康富にもお礼を言わなければならない。そこはさすがの伏見宮。二日の後、いつもの家庭教師の仕事が終わったら、康富はさっそく呼び止められ、「文治頼朝幕下被責奥州泰衡御絵(十巻)」が出されて、その場だけだが、閲覧を許されたのである。なかなか粋な計らいではなかろうか。
同じ師走の23日に、絵巻は無事に忠政に返された。この短い間に、貞成のみではなく、絵巻はさらに内裏に持ち込まれ、天皇の玉覧に入れられた。忠政はただただ恐縮したと、実物を手元にして、たいへんな満足感に耽ったものだった。
因みに、ここに記されている絵巻の絵は、一枚も伝わっていない。しかし、幸運なことに、詞書だけは残されていて、今日でも簡単に読むことができる。
以上の生き生きとした絵巻享受の実例から、どんなことを読み取ることができるだろうか。これは、ここ数日の読書のテーマである。その初歩的な結果を近々ある研究会で発表する予定になっている。
立教大学日本学研究所・研究会のお知らせ(第33回)
Labels: 絵巻を愉しむ