2009年9月12日土曜日

花押と画押

文字は、それ自体一つのビジュアル的な表現媒体でもある。現代の生活においてこそ、教育基準やらパソコンにおける文字コードやフォントセットやらという過程を経て、文字の同性化がすさまじいスピードで進み、文字のビジュアル的な特性は、わずかに書道などの場において認められるぐらいだ。一方では、歴史的な文化伝統において文字と絵との交差、言い換えれば文字でありながらも絵的な要素を限りなく必要としたものと言えば、おそらくまず「花押」を挙げるべきだろう。

花押という言葉は、最初は日本語の単語として覚えた。とりわけ武士のそれなどを眺めて、言葉とそれが指し示す対象と時代の中における位相など、一つの中世文化のセットとして習い、理解していた。それが唐や宋の文献や詩・詞に頻繁に登場し、りっぱな中国語だと気づいたのは、だいぶ後のことだった。もともとかなり近代まで使われていた言葉には、「画押」がある。発音が近くても、こちらのほうは動詞であり、自分の名前を意味する「押」を紙に「描(画)く」ということになる。しかもあの魯迅の小説に登場した阿Qという人物のエピソードに代表されたように、文字を上手く書けなくて、やむをえず自分の名前の代わりに、時にはなんでも良いから勝手に書いたものというニュアンスまで加わった。

090912中国の歴史上、広く語られた花押としては、宋の徽宗皇帝のものがある。筆の数がきわめて少なく、単純な構成を取っているが、間違いなく考え抜かれて、洗練されたものだ。あわせて四本の横・縦の線が示したのは、「天下一人」という四つの文字だ。二番目の横線が三つの文字に計三回使われたという計算になる。まさに天下人の花押だから、その背後に隠された政治的、文化的な威厳も無言に伝わって重い。

ならば、花押と文字との一番の違いはどこに存在するのだろうか。答えが明瞭だろう。万人共通、天下に通用するという文字と違い、花押はあくまでも一人の人間についての情報であり、その人間が関わりをもつ範囲にのみ使用され、機能されるものだ。その意味では、皇帝も武士の将軍も、権勢を持っている間は、天下と同一視され、その花押も万人に知られるとの理屈になるが、それが時代の移り変わりと共に淘汰され、忘れられてしまう。すなわち、特定の人間のことが分からなければ、その人の花押とはそもそも意味を成さないものだ。花押を読み解き、識別することの難解さも、なっとく出来る感じだ。

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