2010年3月20日土曜日

絵巻の裏に糊あり

たまにする趣味の一つには、書の表装がある。宣紙に書かれた書の裏にさらに一枚同じ宣紙を裏打ちすると、見えはびっくりするぐらいに変わってしまう。だが、あくまでも一種の遊びなので、それに用いる糊を専門店で探しもとめるようなことはなく、料理用の片栗粉を使って手軽に作ってしまう。

専門の世界ではどういうものになるのだろうか。きっとしっかりした伝統に支えられて、百年も千年もの歴史に沈殿されたものが伝わり続いてものに違いないと想像していた。そのような漠然とした関心に応えて、数日前のNHKのニュース番組は、まさにこのテーマを取り上げてくれた。それも絵巻修復を手掛かりとし、江戸初期の「平家物語絵巻」が大きく画面にクローズアップされた。特製の糊というのは、なんと長年の黴によって作り出されたものだと始めて知った。テレビカメラは修復の工場の裏側に回り、黒ずんだ水の下に隠された真っ白の糊を捉えて見せてくれた。そして、そのような歴史の年輪を一身に受けた糊の制作に科学のメスが入り、いま流行りのバイオテクノロジーが運用されて、同等の糊が化学製品のように作り出すことに成功し、洋画の修復の分野も含めて世界的に注目されたと報道された。

短いニュースは、時間にかかる一連の数字を立て続けに並べて、想像をそそる。曰く、絵巻の最善の状態を保てるためには、100年に一度は裏の紙を取替える。伝統の糊は、製造の周期が10年に上る。ハイテクを用いて製造に成功した糊は、わずか2週間で作り上げられる。そして製品としてのそれを確認するためには、伝統の糊と比較するために、同じ材料の書を表装したものを同じ環境に置いて観察を続け、これまですでに3年10月の時間が経ったが、いまだ表装された作品に差が見出せない。とか。

複数の時間軸の中で、あらたな人間の創造が、無限の広がりを呼び起こしていて、ささやかな壮大さを感じ取った。

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