馬琴の読本「椿説弓張月」は、さながら「平治物語」外伝である。語彙、表現からプロットの組み立てまで、中国小説「水滸伝」を手本に見立てることを隠さず、読んでいてなぜかかつて「水滸伝」にまつわる小説群を読み漁ったころの経験を思い出す。
読本のハイライトの一つには、白縫の仇討ちがある。数々の苦労のすえについに為朝裏切りの武藤太を捕まえ、伝説の美女軍団全員により、かれを折檻し、斬殺する。「懐剣を抜出し十の指をひとつ々切落し」たり、「五寸あまりの竹釘を数十本もて来り、大やかなる鎚をもて、右手のかたさきへ打こ」んだりと、はなはだ嗜虐趣味に走ったものだった。しかもこのような様子が読者の想像に任せるのではなく、絵師北斎がきっちりとビジュアルに見せてしまう。興味深いことに、その絵というのは、文章の再現に拘らない。文字に絵が描かれた「懐剣」が無視され、「椽の柱へ麻索もて楚と括著」との様子もただの座り込みの姿勢に化けてしまった。そもそもすっかり様式化された美女たちの服装とこの状況とはミスマッチングし、両者の落差が一つの視覚的なトリックを提示している。
ちなみに絵を楽しむには、木版印刷した読本を手にすることが叶えられなければ、デジタル化されたものを大きなパソコンのスクリーンでアクセスして眺めることを薦めたい。
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