2013年10月19日土曜日

よだかの星

先週、クラスで取り上げたのは、宮沢賢治の「よだかの星」だった。ずいぶん久しぶりに読む童話もので、議論することも少ない単純なものかと漠然と想像していたのだが、良い意味で裏切られた。自然、星、そして鳥と、象徴的なアイテムの発想にフォーカスを合わせられれば、あとは意外と人間世界の経験と重なりあう。いじめ、意思と行動、死と再生など、話題が尽きない。さらにアンデルセンのダックの童話まで持ちだしたら、若い学生たちもすぐ読解の手がかりが得られたと見る。

131019童話の名手だけあって、「よだかは、実にみにくい鳥です」で始まる文章は、ふだんは遠慮がちな軽い悪口を小気味よくまくし立てて、不思議な世界を醸し出している。それもさっそく主人公よだかその鳥の外形が描かれる。「顔は、ところどころ、味噌をつけたようにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。」このような文章を読むと、読者はきっとはっきりしたイメージを想像できるだろうと思った。しかしながら、ことはそう簡単ではなさそうだ。現実、これをテーマにする漫画やアニメなどはこれまでかなりの数が作られているのだが、このよだかという鳥の格好となれば、どうやら決まった姿が得られていない。代表的なものをいくつか取り出してみても、その結果はじつにばらばらで、びっくりするぐらいだ。いくら書き手が上手だったとしても、文字で描かれたものには限界があって、それをいざビジュアルに変えようと思ったら、その結果にはかなりの幅が伴われるものらしい。

一方では、これをタイトルとする物語映画は、ほんの二三年まえにも作られたのだった。いうまでも宮沢賢治の世界を借りての、はなはだ文学的な意図に立脚したものだが、ふつうの外国人の観客には共有されないだろう。もともと、今日の日本の観客にだって、どこまで伝わるのやら、これ自体もとても興味あることだ。

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