映画「ゴジラ」の封切りは、すでに一ヶ月まえのことだろうか。今度の出来栄えはいささか評判だ。事実これだけ時間が経っても、いまだ映画館で上映され、平日を選んで入ったら、思った以上の観客が集まっていた。
ハリウッド映画の分類で言えば、いわゆる災難映画というかなり大きなジャンルに数えられる。ただしここで、ゴジラは悪として退治されるのではなく、不死身のヒーロに作り上げられ、温かい拍手を集めた。対して、人間の世界で起こされた災難の数々は、きちんとハイライトになっている。それもとことん破壊されたにもかかわらず、どこか無機質で、まったく痛みを感じることができない。一方では、現代の映画らしく、悪にはそれなりに理由を与え、象徴的な意味合いを持たせている。この映画の場合、それは原発であり、汚染進入禁止地域であり、おまけには巨大な悪の生き物は原発廃棄物を主食にするという破天荒の着想まで持ってきてた。災難そのものの具現としては、津波もあれば、不気味な戦闘機墜落もあり、ビル直撃の飛行機に至ったら、同じ角度をもってなにげなくあの911まで再現してしまった。ただ地震だけどこか迫力が欠けていて、妙なものだった。
映画の売りの一つは、オリジナルゴジラの再現である。個人的にはあまり知識を持っていないが、それでも漠然と記憶しているゴジラその通りのイメージだったことに感心した。ハリウッドであれば、いわゆるアジアの市場を意識する云々が議論されるが、ゴジラの場合に限っていえば、そこには名作シリーズへの隠れもない敬意を感じさせてくれている。
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