2018年12月15日土曜日

犬ヶ島

いつも感じるが、空飛ぶ飛行機の中なら別の時間が流れる。映画を取り出してみても、映画館に入ることはたいていの人より多いほうだが、どんなにユニークなポスターでも意表を衝く解説でも心を動かされないものでも、機内だったら思わず飛びつき、しかも我を忘れて終わりまで見てしまう。年末の休暇で飛行機に乗った今日も、日本映画二本を堪能した。とりわけ「犬ヶ島」が印象に残った。

映画のストーリーは定番で分かりやすくて、とりわけ書き立てることはない。それよりも見る人の心を掴んだのは、なんといっても味わいのある絵だった。「浮世絵スタイル」とでも言うべきだろうか、とにかく誇張した構図や色使い、ときには大胆な中間色オンリーの画面、ここまでできるのかと唸らせてしまう。デフォルメで、笑ってしまうことを通り超して、感心させられた。一例として右の画面を眺めよう。予告編に収められたものである。ぱっと見て、いかにも日本風景の代表となる銭湯だと分かる。なぜ銭湯なのかは、ストーリでの必然性はまったくない。銭湯といえばスタイル壁に描かれる絵。富士山のはずだが、ここではそれを連想させても、形も色もほど遠く、わずかなヒントに留まる。しかしながらその絵を見詰めてみれば、五重塔やら、桜やら、滝やら、丸橋やら、日本的な要素はこれでもかと詰め込まれてしまう。その中に数えきれない犬たちが充満し、主人公犬の顔が空中に浮かんでいて、こちらは物語の世界だ。どこまでも饒舌でいて、加えて湯舟の小さいサイズや関係者の超越した視線は微笑ましい。絵の中の山の形や独特な紺色は、「玄奘三蔵絵」から拝借されたものだと推測したら、穿ちすぎだろうか。同じような画面はいたるところに用意される。毒わさび入りの寿司捌きの場面も、可能ならば何回も繰り返し見たい。

エジプトやギリシアの古代絵画が現代の映画などに利用されているが、日本の絵巻はさほど振り向かわれないと議論したことがある(「動画とアニメ」)。あるいはこの映画に見たようなビジュアル伝統の伝承やそれへのリスペクトは、これまた違う使い方が開発されたと宣言できるかもしれない。

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