2012年1月15日日曜日

若一神社

一つの歴史事件あるいは人物にスポットライトを当てる大河ドラマは、いまや特定の地方を全国に紹介という役目まで背負うようになった。今年のヒーローは平清盛、そしてその縁の地は神戸であり、京都である。先週のテレビ番組に登場したのは、清盛の邸宅跡地とされる「若一神社」。このような契機でもなければなかなか全国番組で取り上げられることのない小さな場所なのだ。

120112京都に住んでいて、週末の散歩に格好の目的地だ。足に任せて、午後も遅い時間に歩き出した。神社に到着したのは、午後五時前だった。はたしてこの時間代でも、大きなカメラを抱えた熱心な観光客の姿が見られた。やや離れたところから自転車でやってきた若者が、周りを慎重に見ていた。明らかに普段通りすがりの人々は、どこか迷惑そうな表情を隠しながら足速に過ぎていく。いたって狭い境内の中には、「平清盛公西八条殿跡」「平清盛公ゆかりの御神水」などの石碑が見られ、近年造られたに違いない石像の前には「平相国平清盛公」という、苗字が二回も用いた妙な石碑も建っていた。一方では、「平清盛公御手植楠」、「平清盛公守護社」といった、小さな紙切れに無造作に書き入れた看板も立ち、きっと俄かに現れた熱心な観光客への対応の一環だったのだろう。これとは別に、神社の垣根や楠の周りには「家内安全、商売繁盛」「世界人類平和」などの文字が躍る幡が立ち、いかにも普通の神社の息吹が伝わる。

もともとここは京都。すこし歩いたところには、規模が遥かに大きい六孫王神社が鎮座し、「清和源氏発祥の宮」と大きな看板が目立ち、そこからさらに角を曲がれば、「平重衡受戒之地」と、こちらは小さな石碑が道端に置かれるのみだった。このような古都ならではの風景を目にして、なぜか「文学」の一端を覗けたような気がしてならない。

写真7枚

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