先週の「トレース」に用いた画像は、「後三年合戦絵詞」上巻第三段からのものだった。描かれているのは、将軍義家の棲家である「国府」の様子である。戦場への出陣を見送るにあたり、年老いた武士が主人の馬に縋ってすでに力になれないことを泣き別れることがこの段のテーマで、義家の家族のことは詞書では一言も触れられていない。これに対して、料紙四紙を用いたこの段の絵は、半分ほど義家の棲家にあて、ここにみる泣き崩れる女性は一紙ほどのスペースを占める。
女性の服装は、まず強い視覚のインパクトを与える。これをじっと眺めていれば、おそらく「ステレオタイプの貴女」との思いが一番に湧いてくるのではなかろうか。身に纏っているのは、十二単の晴れ衣裳である。なによりも色の組み合わせは素晴らしい。緑の模様が鮮明に施された裳は、目を奪うほどの鮮やかさで、なんとも美しい。あえていえば、今日ならひな壇に飾り付ける人形のようなものだ。しかしよく考えてみれば、これはどこか妙なところがある。第一、ここは天皇や貴族が住む都ではない。それどころか、中央からはるか離れている東国の果ての地にあって、地方の豪族に対峙する「国府」にすぎない。しかも、「場」もさることながら、「時」はなおさらだ。なにかの晴れやかな行事が行われているのではなく、生死が分かれる出陣なのだ。あえて外に出ないで室内に止まり、御簾の奥から見送りをするという状況は、この服装の異様さをいっそう際立たせた。
「後三年合戦絵詞」には、そもそも女性の姿が少ない。この場面以外、さらに二例ほど、詞書と絵とで同時に描いた女性の姿がある。それらは、しかしながら「げす女」、「雑女(ざふぢょ)」、そして戦利品となった「美女(びぢょ)」たちだった。絵の描き方としては同じようなステレオタイプの規則を守っているとしても、そのような人間の姿はもともと身近だったからだろうか、貴女よりは遥かに分かりやすくて親しみやすい。
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