ちょっとした遠出をしてきた。去年の夏にお亡くなりになったある方のお墓参りをした。案内の方に車を出していただき、小高い山の上まで車を一気に登らせた。目の前には広く視野が開き、しかも緑に囲まれる中、東大寺の甍がくっきりと目に入った。静かな焼香のあと、その足で故人の親族までお訪ねし、充実した会話が交わされた昼食の後、興福寺の境内を歩きまわって、故人の筆跡が残る青銅の灯篭の前に長く佇んで故人を偲んだ。
久しぶりに緩やかな時間が流れる奈良の街を歩いた。どこにもありそうな観光地の商店街だが、よく見れば、やはり書道道具の店が軒を連ねる。春日神社の使者とされる鹿たちは、相変わらずに奈良のシンボルを勤めているが、同じ季節ながらも、なぜかわずか数日前に見てきた宮島の鹿たちと毛皮の模様も色もまったく違う。大きな体をした牡の鹿が平気にやってきて、暖かい角を腕などに擦り付けて愛嬌をふり撒いた。五重の塔の階段を下りたところの猿沢池は、たしかに記憶にあった通りに小さくて纏まりがよく、しかもどんな時間にもベンチに腰を下ろして水を見つめる観光客の姿があって、懐かしい。亀たちは、夕日の中で頭をいっぱい伸ばして、妙に静かな風景を成している。
奈良の街は、天然の色が似合う。しかしながら、今度は鮮やかな赤が印象に残った。墓地の中に足を踏み入れると、そこにはかなりの数の墓石は、赤く染まった砂に囲まれている。そして、墓石を一つひとつ目で追っていくと、名前が赤い文字で記入されたものが多くあった。案内の方は、赤い文字の名前とは、その人がいまだ生存しているとのことだと教えてくれた。これまでにはまったく気づかなかった世界を不意に垣間見た思いがしてならなかった。
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