2012年9月2日日曜日

ランパント

120901観光がてらにバンフにあるホテルに入り、古風のロビーを歩き回った。重厚な一室の中を覗けば、壁にはライオンの紋章が描かれ、その部屋に続く廊下に敷かれた絨毯にも似たような模様が描かれている。たまたま友人が最近車を購入して、それのロゴは、同じく立ち上がって、前足を上に差し伸べるポーズを取っているものである。カナダのホテルとフランスの製造会社が繋がっているのでないかと、にわか興味が湧いてきて、さっそく傍にる若い係りの方に聞いてみた。「分からない」、「意味ないじゃない?」と、そっけない返事だった。

どうだろうか。思わず自分で調べてみたくなった。そこで、さっそく「ランパント(rampant)」という言葉に出会った。この言葉一つだけで、このポーズ、ポーズの主であるライオン、という情報がすべて入っている。しかも、ライオンのこの特定のポーズ以外、この言葉には指すことはなにもない、ということが分かった。これだけには止まらない。これとグループになっている言葉には、さらにライオンが後ろ足を地面につけて座ることを示す「シージャント(sejant)」、前足を差し出しながらも頭を後ろに向ける「リガーダント(regardant)」といった一群の言葉が存在することを知った。これを統括するのは、あの豊穣な伝統を誇るヨーロッパの紋章についての学問であり、とりわけ紋章記述(blazon)を構成するものである。言い換えれば、これらの言葉の存在は、まさに紋章の内容の抽象化、抽象された紋章への認識、認識を言葉をもって描写する、という一連の実践に集約したものであり、大きく言えば図像をめぐる観察、記録、伝承を具体的に物語る貴重な一風景なのである。

このランパントを用いた中世の貴族、古くからの伝統を大事にする国などの実例は、数えきれない。十四世紀はじめのフランス王ジャン一世の紋章をはじめ、同じテーマにおいてさまざまなバージョンが伝えられている。その中にあっては、十九世紀半ばに創業した会社、あるいは十九世紀終わりに開業したホテルなどは、同じランパントを選んだとしても、まさに新参者にほかならない。そういう意味で、ホテルの若い方のそっけない返事は、違う意味でかなり的を得ているのかもしれない。

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