2012年12月8日土曜日

普通の人々の会話

年末に差し掛かり、日本では今年のベストセラーのランキングが発表されたと聞く。一位になったのは、人に話を聞くことがテーマのものだとか。あの番組は、たしかに他とちょっと違う雰囲気を感じさせるところを持っているが、それにしても、それがナンバーワンになったとはやはりいささか意外だった。

121208このようなことを考えるわけでもなく同じニュースに繰り返し接している間に、週末にはある映画を見た。日本総領事館の好意により行われた学生たちを相手にした上映会で、「Light Up Nippon」という映画だった。ひさしぶりに見るドキュメンタリー映画、言葉通りに見入った。映画の魅力は、あくまでも普通の人々の会話をありのままに見せてくれるという一点に尽きる。それは、どこまでも普通でいて、真剣に話しかける、言葉を交わす会話そのものだった。映画のテーマからはすぐ想像が着く情熱、謙虚、不屈な生き方や言葉は至るところに認められるが、それには止まらず、不満、拒絶、喧嘩、そして涙、照れ隠し、まさにさまざまな話し方、接し方、人間同士の交流とアプローチの形など、ずいぶんと生き生きとしたものだった。そしてなによりもあの巨大な災難がバックに広げられているものだから、不用意に立ち入ってしまえば、それには圧倒されて、ただ呆然と眺めるほかはないという迫力が潜められていた。まさに簡単に体験できない貴重なレッセンだった。

しかしながら、あれだけ普通の人々に訴えるような行事なのに、このネーミングにはいかにも今時の言語生活の一端が隠されたように思えてなりません。ローマ字続きの横文字で、そのまま訳せば、「火を点ける」、あるいはもうすこし意訳して「希望の光」といったところだろうか。こういう英語のフレーズ、いまの日本ではどんな人でも簡単に発音したり、聞き取れたりすることなど、基礎教養になったに違いない。ただ「花火」という情報がどこにも入っていないから、ポスターの絵に頼るほかはないのだろう。妙な言語表現の一例だ。

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