大英博物館には、数えきれない秘宝が陳列されている。そのスケールには、まさに見るものを圧倒する迫力がある。古代ギリシアの展示ホールを歩いていて、思わず足を止めた一点があった。真っ白の大理石で彫られた馬頭である。ほぼ実物大のサイズを持ち、傷だらけで、斜めに石の台に載せられている。広い空間の中で、言いようのな生命力を迸り、絶大な存在を見せつけている。
添えられた説明文をゆっくり読んだ。彫像は紀元前5世紀のものである。アテネの神殿の東側の切妻壁に彫られ、月の女神セレネを乗せる二輪戦車を引っ張る群馬の中の一匹である。説明文曰く、「馬は徹夜の疾走に疲れきったーー目が膨れあがり、鼻の穴が広がり、口が大きく開く」。セレネの馬は、明らかに大英博物館の自慢の一つである。同館の公式サイトはこの一点のために特別な一ページを用意し、さらに詳しい情報を提供している。それによれば、同じ切妻壁の彫像はほとんど失われたが、女神セレネのトルソー(頭および手足のない裸身の彫像)はいまだアテネに残されている。さらにこの馬頭の彫像は、古代ギリシア彫刻の展示品の中でもっとも著名で、一番愛されていると結論している。同じページにはさらに音声案内の音源まで公開し、馬頭の裏側という、切妻壁の飾りとしては見えないはずの部分まで丁寧に彫られていると、より詳しい情報を伝えている。
思えば、すでに二千五百年も前のものとの対面である。人間と馬との友情、打ち砕かれても壊れても、隠しようのない生命力を訴えつづけている彫像、素直に心を動かされ、深く思いに残った。午の年の始まりにこれを記す。
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