今学期の授業もちょうど折り返しにきた。去年に続き、今年も「TED@317」と名乗って、学生に3分間ビデオを中間レポートとして課した。去年の優秀作品が公開されていることもあって、創作にかける情熱や才能を大いに刺激し、数多くの傑作が提出された。
一方では、文字ではなく音声での作業ということで、ふだんあまり気づかれないことが表面化されたところも少なくなかった。その一つは、ローマ字表記の語彙、とりわけ人名や地名などの発音は、日本語の知識のない人にはけっして簡単ではないことだ。授業でまだ取り上げられていないテーマを本人が読書して集めた知識をもとにビデオを作成したので、突拍子もないエラーがこれでもかと飛び出してきた。図らずも文字の限界が示された。Edoのことを「イド」、Kamikazeを「カミカズ」、Kyogenを「キョウジェン」、これらはまだ一瞬考えたら理解できるものだが、極端な例となると、Mt. Hieのことを「ハイイ」、mono-no-awareを「モノノaware(発見)」と言われて、唖然というほかはなかった。もともと他民族の人々が一堂に集まるような教室なので、人の名前一つを取り出しても、スペイン、ドイツ、フランス、インドなど、とても正しく読めないという緊張は常に付き纏うものだ。しかしながら、日本語の場合、なんの変哲もない普通のローマ字だけに、余計に厄介だ。
もともと「イモジ」の実例に添えてローマ字の英語読みを考えたことがある(「emoji」)。解決方法が見つからず、まだまだ苦悩が続きそうだ。英語話者の人にはローマ字がけっして簡単に通じるものではないという事実にまず気づいておくべきだろう。記述の規則をすぐに変えることが無理でも、大事な語彙などについてなんらかの方法で注釈を加える工夫ぐらいは案出してほしい。
2018年10月20日土曜日
「イド」の苦悩
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2018年10月15日月曜日
JSAC 2018
週末にかけて三泊の学会旅行をしてきた。この季節でのほぼ毎年の行事だ。今年の開催地はホームに近いこともあって、勤務校の日本関連のメンバーが総出で、ラウンドテーブルを主催する企画さえやった。一通り無事に終わり、好意なコメントも多数寄せられた。
研究会は人間の繋がりを確認するところでもある。長年参加してきて、若い人々の顔ぶれはいつでも眩しい。中には、昔教室に通っていた学生も含まれ、かれらの成長を実際にこの目で見て、やはり素直に嬉しい。
JSAC Past Conferences
Labels: 研究を語り合う
2018年10月6日土曜日
画像処理
この週末は連休、週明けのクラスは水曜日になる。月に一度のことで、普段よりは時間が余分にできた。パソコンで遊ぶことにした。ひさしぶりに画像処理をいじり、勉強しながら数枚のまんがを作成することに挑戦した。
画像ツールは多数あるが、ゆっくりやるとなればやはり「Photoshop」を開く。これまですでに何回もお世話になり、いくつかの作品まで公開してはいる。しかしながら、いつまで経っても、ただの初心者に過ぎない。ようやくレイヤーのコンセプトが理解できて、画像の決まった部分を切り出したり、修正したり、配置を変更したりすることぐらい利用に思いつかない。それにかけて、今度覚えたのは、色をベースにした選択と除去、言われてみればがっかりするぐらい基本的なものだ。これまでの画像選択は、画像全体にかけて色で実施したり、あるいは丁寧に罫線をかけたりするような方法しか使わなかったが、特定の色を利用すればダントツに効果的で、作業も楽しい。色で選ぶのにあわせて、サンプルの色を選んで画像に描き出すことまで試した。
ソフトの使い方の学習は、あくまでも手順や対応といった約束事を覚えることに尽きる。画像処理のツールは、それにかけてなおさら煩雑で多岐にわたる。繰り返し使ってようやく体得するようになるものだが、現実的には、作業を始めたら忘れたことを思い出そうとする苦労が多い。細かくメモを取ることに心がけている。なお、かつては解説書などまで手を伸ばしたのだが、いまや文章よりは、動画解説はやはり圧倒的に使いやすい。
Labels: マルチメディア
2018年9月29日土曜日
英語狂言
先週週末のシンポジウムの一コマである。初日の発表がすべて済んだところ、夜にもう一つのハイライトが用意された。大学キャンパスの中にある立派な劇場にはかなりの観客が集まり、ステージには日本語による「狂言」との看板が立ち、正面には紙に描いた松の木が飾られた。日本語や日本の古典芸能についての予備知識の共有がとても期待できない中、どのような展開になるのやらと、はらはらして開演を待ったが、なんと英語によるものだった。そして、丁寧に芸能の約束を守った狂言も、あっという間に観客の心を掴み、まったく違和感なく展開し、人々を魅了した。
とりわけ印象に残ったのは、なによりも若い者たちのいきいきとした熱演だった。妖怪カニがエネルギーいっぱいに暴れ廻り、凶悪そうな雷神がとことんコケにされ、人形を模したお七が妖艶に舞う。演者の一人ひとりは、役に嵌り、実に自信をもって堂々と立ち振る舞った。いうまでもなく、それらをすべて司ったのは、一座の師としてのどっしりした存在を見せたコミンズ教授である。狂言のシテ、舞踊の地謡、浄瑠璃の太夫と、四面八臂の活躍を披露し、しかもすべての上演に使われたのは、自らが手がけたオリジナル英訳だと知って、観客から感嘆の声が絶えなかった。
舞台が始まるにあたり、主催者はわざわざ写真撮影の許可を知らせた。それを良いことにして、観客席の真ん中に座り、カメラを両手で構えた。観劇と撮影との両方をともに楽しむ、なんとも贅沢な二時間だった。
Labels: 内と外・過去と現在
