絵巻ってユニークな文献である。その基本は、文字と絵をもってともに同じストーリを記し、そして物語の展開にしたがって文字と絵が繰り返される。このような記述の直接な結果の一つには、絵巻が作成された当時における言葉とそれが指し示めす実物との明らかな対応がある。とりわけ失われた物事となれば、このような対応はじつにありがたい。ほんのささやかな一例は、戦場が交わされた「石弓」があげられる。
「後三年合戦絵詞」は、石弓にまつわる具体的なエピソードを残している。景正という武士は、先祖伝来の兜を被って戦いに出たが、その兜が石弓に打たれ、戦場に消えた。命が間一髪で救われたことと、絶世の名品が滅びたことが混ぜ合わせた複雑な感情がこのエピソードを際立たせた。ここに石と弓との組み合わせからは、なかなか具体的な武器の様子を思い浮かべることが難しい。幸い、そこに絵があった。兜を射落としたのは、大きな石の塊であり、それが頑丈に縄に縛られている。一方では、弓の様子が分かったところで砦のほうに目を移れば、そこに同じような石塊がたしかにぶら下がっている。しかも同じ絵巻の中で何回も描かれた砦の様子には、同じ物体はくどいほど繰り返された。いうまでもなく、石を射るのではなくて、あくまでも落とすものだから、現在の感覚でいう弓にはほど遠いものだった。
言葉と絵との対応をはっきりさせることは、絵巻を読むための最初の一歩のはずだ。このような考えの下で、「ウィキ絵巻」という小さなサイトを開設した。オープンのシステムなので、感心ある研究者が同じ作業に参加することにも簡単に対応できる。このブログの右にリンクを添えた。それに、これの開発にあたっての考えなどを、新刊『デジタル人文学のすすめ』に記した。
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