来週からすでに七月に入る。遠く京都では、年一度の祇園祭がいよいよ始まろうとしているころだ。あの湯気が立つほど蒸し暑い天気を想像しつつ、これと関連する画像を求めてみた。祭りの様子なら、洛中洛外図ではかなりの数におよんで描かれている。それに対して、祇園信仰の根本にある牛頭天王を手がかりにすると、「辟邪絵」(「e国宝」デジタル収録)に辿り着いた。
平安時代に制作された絵巻物からの五段が伝わり、その一番に数えられるのは、「天形星」と名付けられるものである。これを眺めて、どれぐらいの情報を読み取れるものか自問自答した。試しに四行足らずの文字記述と、絵に描かれたビジュアル情報との対応に注目してみよう。文字をもって記されていて、しかもそれが絵になっているものには、「天形星」、「牛頭天王」、「その部類/疫鬼」という善霊、悪霊から、「取る」、「(すに)差す」、「(食と)す」というありふれた行動に及ぶ。そのような想像と現実とを絶妙に繋げたのは、ほかならぬ「す(酢)」である。疫病を撒き散らす存在への恐怖と、それの退治をめぐる信仰は、おかげで千年を超えてもいたって身近に感じられた。一方では、絵には神や鬼の服装や装身具、酢を入れる容器、そして口から大きく突き出した牙にみる異様な風貌など、豊かなビジュアル情報が描かれているが、それらを一々言葉に置き換えることは、簡単なことではない。
はたして平安の人々の生活にあった酢とは、どのようなものだったのだろうか。たとえばその色とは、透明だったのだろうか、はたまた醤油みたいな濃いものだろうか。この絵だけではよく分からない。だが、酢といわれるものには、鬼の血が溶けて染まっている。単純な酢の色よりも、絵師がより鮮烈に伝えようとしたことがあるのを見逃してはならない。
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