「もういくつ寝ると、…」。時はまさにこう唄われるように、年の瀬に迫っていく。暖かい日差しの中で街を歩いてみると、クリスマスの鮮やかな飾りはいつの間にか姿を隠し、それに代わって、半数以上の家は、門松を入り口に飾り付けた。
門松の習慣は、確実に中世に遡る。今日に残された数多くの文字文献にその姿を確認することができるし、絵巻の画面にも登場していた。それについて、一番有名なのは、『西行物語絵巻』(万野家本)に描かれた一こまである。
これは、慌しい年の暮れに繰りひげられた街中の様子だ。ストーリーの内容は、出家した西行が年の瀬に思わず在俗時代のことを思い出し、それを和歌に詠み残す、ということを語る。これを表現して、絵は街を過ぎ行く人々の姿にスポットライトを当てる。まるで行列をなしたかのように画面を横断したかれらは、魚や鳥を天秤棒の両端に掛け、手紙を大事に手に握って届け先へ走り、上等な薪、同じくお正月の飾り物を重そうに担ぐ。そして、この行列の一番後ろに来たのは、二本の大きな松の枝を要領よく担いだ男である。松はきれいに括られ、きっと門松に使うための飾り物に違いない。画面をしみじみと眺めていて、どのような人の家ならこれを使えるのかとおもわず想像してしまう。これまで豪華な飾りは、普通の人はとても手を出せないだろう。どのような出来栄えになるのだろうか。
門松に竹を添えるという習慣は、中世以後のものだと言われる。それを思い起こしつつ、今の街中の、とりわけ住宅街の普通の民家のそれを改めて見る。小さな松の枝を一本だけ壁に貼り付けるだけの質素な飾りがけっこう目につく。むしろ中世からの伝統が息づいているんだと、なぜか勝手に合点してしまう。因みに、北米のスーパーであふれるように並べられたクリスマスツリーのプラスティックの松の枝は、いまだ一本も発見していない。
ミニ門松のつくり方
2007年12月29日土曜日
門松
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