新しい一年を迎えた。今年の干支は子。周りを見れば、年賀、ポスター、テレビの画面にはさまざまな鼠が登場する。その中で、とりわけ目立つのは、白い鼠である。現代われわれ平均的な感覚から言えば、白い鼠とは、可愛い、清潔、といったところだろうか。鼠の中では特別な存在というような意識は、かなり薄い。
一方では、絵巻に描かれた古代、中世の世界では、どのような様子だろうか。
まず、鼠の姿は、絵巻の中で意外なほどたくさん登場していた。古くは『鳥獣戯画』、例の可愛い動物たちの群にまじって、二匹の鼠は猫からの視線を避けるように懸命だった。『春日権現験記絵』では、普通の家に出没して、明らかに人間を困らせている。奈良絵本には『十二類合戦物語』という作品がある。十二支の一員として勝者の軍勢に加わり、狸などの敵を倒し、出家させてしまう。さらに『鼠草子』という名の作品群では、鼠たちは言葉通りのストーリーの主人公となった。鼠たちは大群を成して登場し、人間の服装を纏い、人間の仕草を取り、人間の仕来りを守って行動し、いわば鼠の身をもって人間的な活劇を演じて、それを痛快に見せてくれたのだった。
上記の鼠を主人公とする作品は、いくつかの異なる内容をもつ。そのほとんどは、およそ結婚、嫁入り行列、披露宴、そして出産というもろもろの場面を中心に展開する。中では、一つの特別な物語を伝えたのは、『弥兵衛鼠(やひょうえねずみ)』である。ここでは、主人公はまさに白い鼠だった。しかも、それが人間に幸運をもたらすということがそのハイライトだ。物語の中で、白い鼠のカップルは結婚し、やがて妻の出産を迎える。妊娠した妻は、雁の肉を食べたいと言い出し、夫の弥兵衛はまさに献身的にそれに応えようとする。雁を取ろうとして適わなかったどころか、獲物のはずの雁によって知らぬ地に連れられてしまう。そこからは白い鼠の試練が始まる。物語の結末は、約束通りのハッピーエンドだが、そこまでの道のりはユニーク。すなわち、弥兵衛が白い鼠だったがために、暖かく受け入れてくれた人間の一家に富と幸せをもたらし、さらにその人間の力を借りて、弥兵衛は妻との再会を実現できたのだった。同じ時代に多くみられる、人間と別の世界で活躍する動物たちの物語と異なって、『弥兵衛鼠』の面白さは、まさに人間の世界に入り、人間と動物と交流が持たれたことにあったと言えよう。
ちなみに、『弥兵衛鼠』の伝本は、慶応義塾大学、大阪青山女子大学、海外ではニューヨークのスペンサーコレクション、ハーバード大学のフォッグコレクションに所蔵されている。中では、慶応義塾大学は「世界のデジタル奈良絵本」サイトにおいて全点公開しており、『新潮日本古典集成・御伽草子集』はこれを活字にして注釈を施している。これを読書リストに加えて読んでみよう。これまた一つのお正月の粋な過ごし方かもしれない。
世界のデジタル奈良絵本・弥兵衛鼠
2007年12月31日月曜日
幸運の白い鼠
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